翌朝一番に父から草むしりを命じられ、ポポドスは一人、広大な庭の一角にいた。

 光の妖精が好む泉に影を落とす背の高い木々。
 木の葉の精が踊る曲がりくねった木の枝は苔が生し。

 地下水の精がたまに顔を出す木の根もとの洞にたまった落ち葉を、その知人の朝露の精が寝床にしている。

 アーチを造る蔦製の花びらを、囁きの精が滑り降り。
 敷きつめられた小花の絨毯でかくれんぼをする小石の精。
 滝のように流れる花房を髪に差した青葉の精。

 夢見る乙女が見たらため息で足元を埋め尽くすだろう、メルヘンな庭。
 ポポドスのような元低級魔導士、現やさぐれ掃除夫がほっかむりをして草取りをしているのは、非常に場違いだ。
 誰だ、こんな庭造ったの。



「青年、すごい寝癖だな」
 声をかけられたような気がして振り返れば、見知らぬ男が立っていた。

 やさぐれ掃除夫は振り返り、この広い庭から自分を見つけて寝癖を指摘するなんて酔狂なやつは誰だろうと、相手を頭の上からつま先まで眺める。
 黒髪に薄い青色の瞳はリーイ家の男としては一般的だが、長身とは珍しい。

 男の手が伸びてポポドスの髪を撫でる。
「寝癖か? いや、くせ毛なのか?」
「……寝癖です」
 年上なのでとりあえず敬語で応えてみた。
「そうか。スイクに似たのだな。
 あいつもよく寝癖をつけて朝食の席にいたな」
 ははははは、と男が笑った。

「父のお知り合いですか?」
 スイクはポポドスの父の名だ。
「まぁな。
 ところで、この庭の草をすべて取るのは大変だろう。
 一休みしないか?」
「は、はぁ……」

 曽祖父に似ているというだけで安心感があった。
 ついうなづいて、飴をちらつかされた子どものように後を着いていった。



 泉のそばの長椅子に腰掛け、青い空を見上げる。
 分厚い雲がゆっくりと流れていく。
「魔導士を、やめたそうだな、ポポ」
「……はぁ」

「院は退屈だったか?」
「役士のまねごとをしていたので、ヒマではありませんでした」
 あぁ、と男はうなずいた。
「ラスア大師の案だったな。
 あの方も、十数年もの見習い期間があったというからな」

「え?」
「おまえが退屈に感じたり、しがらみが嫌になるのも仕方がないのだろうな」
「ちょっと待ってください!」
 ポポドスは男の袖を掴んで言葉を止めた。

「大お祖父さまが……いま、なんて言いました?」
「何、と? ……見習いを十数年していた、か?」
「だ……大お祖父さまがですか?」
「もちろんだ。
 わたしの知る限り、リーイ家のものでそんなに長く見習いをしていたのは、あの方とおまえくらいだ」

 嬉しくはないが、初めて知る事実に驚くほうが先だった。
 大魔導師の影の右腕とまで噂される曽祖父の、見習い期間が十余年?
 信じられない!



 口を開けたまま硬直したポポドスの顔を見て男が笑った。
「蝶が飛び込んでくるぞ。
 口は閉めなさい」
 言われて無意識に閉じる。

「ホント、なんですか?」
「聞いた話ではな。知らなかったか?」
「……知りませんでした」
「リーイ家の最盛期を支えた人だからな。
 あまりそういうことは、知っていても口にしなかっただろう。

 そのまえのアリアン大師のことも、良いことばかりしか知られていないしな」
「アリアン大師?」
「あぁ。おまえには少し遠すぎるか。
 ラスア大師の祖父に当たられる方で、<破邪>のチカラをお持ちだった」

 感応能力者も希少といわれるが、<破邪>は別枠として考えられる極希少な能力のひとつだ。
 ポポドスの知る限り、現在の魔導士ではその能力を持つ者はいない。

「何代か前の『黙許の人』であったが、あまり表には出られなかったそうだ」
 能力だけでなく、大魔導師の信頼も厚かったようだ。

 ポポドスは驚きの声もあげられず、知らされるばかり。
 意外と自分は、身内のことを知らないのだと思い知らされた。





「あら、叔父さま。いらしてたんですか」
 草むしりから帰ったポポドスの背後を見て、長姉はそう声をかけた。
 長姉を取り巻いていた侍女たちが静かに下がって待機する。
 いつもご苦労さん。

「おじさま?」
「おぉ、かわいい姪よ。また一段とキレイになったな」
 両膝を泥で汚した男はポポドスの疑問の声を無視し、ポポドスの背後から踊り出て長姉の手を取った。

「イヤですわ、叔父さま。去年も聞きました」
「いやいや。年々、ということだ」
「まぁ!」
 はははははは、と二人は笑った。