リーイ家の者にとって、知識試験は日常会話をするようなものだった。
能力から知識に転向したポポドスは、最初に受けた知識試験に合格した。
一発で。
第五位一段魔導士───いわゆる低位魔導士と呼ばれるクラス。
そんなもんだよな、とポポドスは呟いた。
先輩ミマには手紙で結果を伝えた。
師匠にはきっぱりと魔導士を辞める意志を告げ、チカラの暴走を押さえる術を掛けてもらった。
魔導士としての知識をいたずらにもらさないようにと、誓書に血判を押す。
「長いこと、お世話になりました」
「故郷に帰るのか?」
師匠は無精ひげをじょりじょりと撫でながら言った。
気になるなら剃ればいいのに。
「とりあえず一度、顔を見せに行きます。
そのあとは、それから考えます」
そうか、と師匠は言って、太い両腕でポポドスを抱きしめて背中を叩いた。
痛いくらいに。
顎のじょりじょりが頭部でじょりじょりと音を立てるくらいに強く。
「元気でな」
じょりじょり。
「……し、師匠も、お元気で」
師匠のほかに直接別れを告げたのは、運良く本部にいた先輩と兄弟子たちの数名。
広大な領地の出入り口まで歩いた。
昔話で口を乾かし、正門の前で誰もが押し黙った。
沈黙は、主役が破った。
「それじゃ。
みんな、元気で」
ポポドスは手を振って、大魔導師の領地から足を踏み出した。
* *
リーイ家は男だけが優秀な魔導士になるといわれているが、実はそうでもない。
昔から女系で、里で不必要とされた男たちが里外で活躍しているだけだ。
不必要とされたものでも里外では優秀といわれるのだから、里に残った数少ない男たちは希少なる能力の持ち主揃い。
ポポドスの父もその一人で、里長の補佐役として日々、多忙な毎日を送っている。
戻ってきた息子に目を丸くし、一日中説教をくれた父は、翌日から彼を雑用にこき使った。
「なんだよ役士とかわんないよ!」
「文句を言うな冷や飯食い!」
「一人息子にいう言葉かよ!」
「リーイ家の男は役立たずと決まっている!」
「じゃぁ親父も役立たずだろ!」
「ぬぅ……!」
父はいたく傷ついたようだ。
その晩、禊ぎから戻った長姉がポポドスを夕食に誘った。
六人いる姉のなかではまともな人格者なので、彼は素直に御呼ばれした。
「父様をいじめたそうね」
長姉の第一声はそれだった。
「ホントのこと言っただけだ」
久しぶりに匙でスープを飲むポポドス。
……面倒臭い。
蝋燭もいらないほど強い月明かりの下。
給仕もいない広い部屋に二人。
仲間たちと肉を取り合い、唾を飛ばして談笑していたのが遠い日のことのようだ。
「『リーイの男は役立たず?』」
そう、とポポドスはうなずいた。
「リーイ家ですごい人なんて、大お祖父さま以外は聞いたことがない」
「アイザス小叔父さまは大師の秘蔵っ子よ」
「頭が固くて生真面目なだけだよ。
ああいうのをむっつりスケベっていうんだ」
長姉がころころと笑った。
「では、アイス様は?」
「誰それ?」
「あら、ワザと?」
ポポドスが皿の隅に避けていた赤い野菜を、姉の匙が突く。
「…………」
忘れたい名前だったのに思い出してしまった。
曽祖父の息子であり、ポポドスにとって中叔父のアイスは、父と一緒にポポドスを無理やり院に入れた人だ。
「まだ生きてるんだ」
「もちろん、ご存命よ。
あなたが役士のまねごとをしていると聞いたから、てっきり、お会いしたのかと思ってたわ」
「直師と俺の任務は差がありすぎるよ」
大魔導師直属師───直師とは、特殊な能力を備えた魔導士が、階位に関係なく集められたエリート集団。
その一人にリーイ家の人間がどれだけいるのかは知らないが、叔父アイスは唯一、知る人だ。
「あまり表にはお出にならないそうね。
何度かお会いしたけど、アイザス小叔父さまより砕けた感じで、冗談がお上手だわ」
「口先が巧いだけだ」
「まぁ。失礼よ、ポポ」
言いつつ、姉も笑った。
「アイス中叔父か……」
ポポドスの曽祖父はリーイ家以外の女性と結婚している。
彼自身は祖母の代から生粋のリーイ家で、生まれたときにはもうこの里にいた。
だが叔父アイスは里外で生まれ育った。
里外のことを話してくれたのは叔父アイスで、小さい頃はそんな叔父に憧れたものだ。
無理やり院に入れられることがなかったら、ずっと尊敬する人だったかもしれないのに……。
能力から知識に転向したポポドスは、最初に受けた知識試験に合格した。
一発で。
第五位一段魔導士───いわゆる低位魔導士と呼ばれるクラス。
そんなもんだよな、とポポドスは呟いた。
先輩ミマには手紙で結果を伝えた。
師匠にはきっぱりと魔導士を辞める意志を告げ、チカラの暴走を押さえる術を掛けてもらった。
魔導士としての知識をいたずらにもらさないようにと、誓書に血判を押す。
「長いこと、お世話になりました」
「故郷に帰るのか?」
師匠は無精ひげをじょりじょりと撫でながら言った。
気になるなら剃ればいいのに。
「とりあえず一度、顔を見せに行きます。
そのあとは、それから考えます」
そうか、と師匠は言って、太い両腕でポポドスを抱きしめて背中を叩いた。
痛いくらいに。
顎のじょりじょりが頭部でじょりじょりと音を立てるくらいに強く。
「元気でな」
じょりじょり。
「……し、師匠も、お元気で」
師匠のほかに直接別れを告げたのは、運良く本部にいた先輩と兄弟子たちの数名。
広大な領地の出入り口まで歩いた。
昔話で口を乾かし、正門の前で誰もが押し黙った。
沈黙は、主役が破った。
「それじゃ。
みんな、元気で」
ポポドスは手を振って、大魔導師の領地から足を踏み出した。
* *
リーイ家は男だけが優秀な魔導士になるといわれているが、実はそうでもない。
昔から女系で、里で不必要とされた男たちが里外で活躍しているだけだ。
不必要とされたものでも里外では優秀といわれるのだから、里に残った数少ない男たちは希少なる能力の持ち主揃い。
ポポドスの父もその一人で、里長の補佐役として日々、多忙な毎日を送っている。
戻ってきた息子に目を丸くし、一日中説教をくれた父は、翌日から彼を雑用にこき使った。
「なんだよ役士とかわんないよ!」
「文句を言うな冷や飯食い!」
「一人息子にいう言葉かよ!」
「リーイ家の男は役立たずと決まっている!」
「じゃぁ親父も役立たずだろ!」
「ぬぅ……!」
父はいたく傷ついたようだ。
その晩、禊ぎから戻った長姉がポポドスを夕食に誘った。
六人いる姉のなかではまともな人格者なので、彼は素直に御呼ばれした。
「父様をいじめたそうね」
長姉の第一声はそれだった。
「ホントのこと言っただけだ」
久しぶりに匙でスープを飲むポポドス。
……面倒臭い。
蝋燭もいらないほど強い月明かりの下。
給仕もいない広い部屋に二人。
仲間たちと肉を取り合い、唾を飛ばして談笑していたのが遠い日のことのようだ。
「『リーイの男は役立たず?』」
そう、とポポドスはうなずいた。
「リーイ家ですごい人なんて、大お祖父さま以外は聞いたことがない」
「アイザス小叔父さまは大師の秘蔵っ子よ」
「頭が固くて生真面目なだけだよ。
ああいうのをむっつりスケベっていうんだ」
長姉がころころと笑った。
「では、アイス様は?」
「誰それ?」
「あら、ワザと?」
ポポドスが皿の隅に避けていた赤い野菜を、姉の匙が突く。
「…………」
忘れたい名前だったのに思い出してしまった。
曽祖父の息子であり、ポポドスにとって中叔父のアイスは、父と一緒にポポドスを無理やり院に入れた人だ。
「まだ生きてるんだ」
「もちろん、ご存命よ。
あなたが役士のまねごとをしていると聞いたから、てっきり、お会いしたのかと思ってたわ」
「直師と俺の任務は差がありすぎるよ」
大魔導師直属師───直師とは、特殊な能力を備えた魔導士が、階位に関係なく集められたエリート集団。
その一人にリーイ家の人間がどれだけいるのかは知らないが、叔父アイスは唯一、知る人だ。
「あまり表にはお出にならないそうね。
何度かお会いしたけど、アイザス小叔父さまより砕けた感じで、冗談がお上手だわ」
「口先が巧いだけだ」
「まぁ。失礼よ、ポポ」
言いつつ、姉も笑った。
「アイス中叔父か……」
ポポドスの曽祖父はリーイ家以外の女性と結婚している。
彼自身は祖母の代から生粋のリーイ家で、生まれたときにはもうこの里にいた。
だが叔父アイスは里外で生まれ育った。
里外のことを話してくれたのは叔父アイスで、小さい頃はそんな叔父に憧れたものだ。
無理やり院に入れられることがなかったら、ずっと尊敬する人だったかもしれないのに……。