「……ティス?」
 どれだけそうしていたのか。
 呼ばれて顔を上げれば、ヨウスが見下ろしていた。
「気分でも悪いのか?」
 屈み込んで両腕に顔を埋めている姿が、そう思わせたのだろう。

「…………っ」
 馬鹿だと思った。
 人の心配なんてしている場合じゃない。
 顔に痣を作ったやつに、心配なんてされたくない。

 手を伸ばせば腕を掴める。
「ティス?」
 心配げな表情で見つめるヨウス。
 差し出された手を取れば、相変わらずそれは冷たい。
「トルクに、聞いて……」

 手を借りてゆっくりと立ち上がる。
 ヨウスを正面から見ると、意外と元気な様子で安心した。
「大丈夫か?」
「え?」

「心配して来てくれたんですよ」
 ヨウスの後ろから、エイトルがひょっこりと顔を出した。
「聞いたのか……」

 トルクは、二人のさらに後ろでだんまりしていた。
 ルフェランと二人両腕を組んで、怒っているようだ。

「これだけ護衛がいてくれたら、わたしは必要ないみたいですね。
 先に教会に戻ります」
「はい、エイトル様。
 ありがとうございます」
 ヨウスの心配はしていないのか、エイトルは軽い足取りで学舎を後にした。



「あー……ティス?」
「ケガは?」
「ないよ」
 これだけ、と自分の顔を指差すヨウス。

 襲われたなんて微塵も感じさせない。
 じっとヨウスの顔を見たが、堪えているのか、本当は何も起こっていないのではと思うほど普段どおりだった。
 安堵に、ティセットは肩を落とす。

 ヨウスが手荷物を持っているのを見て、ティセットは尋ねた。
「どこか行くのか?」
「……謹慎、だって」
「え?」
 襲われたのはヨウスだ。
 なぜそのヨウスが謹慎を受けるのか?

「殴ったんだとさ」
 不機嫌な声で言ったのはトルクだった。
「……?」
 ティセットには状況が飲み込めなかった。
 ルフェランに助けを求める。

「……ここじゃ話しにくいな。
 ヨウス、司祭様は?」
「夜までお務めに」
「じゃ、お邪魔しようか」
 ルフェランにまとめられ、四人はクワイトル司祭の家に向かった。



 家に着くなり、トルクはヨウスの胸倉を掴んだ。
 引き上げられたヨウスは爪先立つ。

「トル」
「脱げ」
「…………」
「何もなかったって言うなら、今ここで脱いで見せろよ」
 座る間もなく詰め寄られ、ヨウスは戸惑った顔でトルクを見上げる。

 その様子を、ルフェランは黙って見ていた。
 いつもなら真っ先に止めに入るのに。
 それどころか、止めようとしたティセットの腕を掴んで制止させる。

「ラン?」
 どうしたのだろうと、また問いかけてみる。
 トルクは普段、じゃれあいはあっても、怒ることは滅多にない。
 騒ぎだせば、いつもルフェランが止めにはいるのだが、今日は二人の様子が違う。

 ルフェランは重い溜め息を付いて、もたれ掛かっていた壁から背中を離した。
「ヨウス、部屋に行こうか?」
 その視線が居間の扉をチラリと見る。
 家人が、茶器を持って立ちすくんでいた。

「……ラナさん、部屋に上がりますから」
「でも……」
 ヨウスを押さえ付ける長身を見て、家人は去るのを拒んだ。
「トルク」
 ぽんぽん、とトルクの腕を叩くと、ヨウスは解放される。

 ヨウスは家人から茶器を受け取り、三人を二階に即す。
 階段を上がる途中、「大丈夫ですから」とヨウスが家人に話しかけているのが聞こえた。



 ヨウスの部屋は狭い。
 家人や見習いの僧侶を泊める部屋だからだという。
 それだけでなく、元々あった家具以外の私物も少ないようだ。

 一人、混乱したままのティセットは、指定席にも座らず、ヨウスと二人の間に立った。
「とりあえず、説明してくれよ。
 どうして襲われたはずのヨウスが謹慎で、二人は何に怒ってるんだ?」


 問われて、互いに目配せした二人。
「……座ろうか」
 ルフェランが話すようだ。

 ティセットとトルクは寝台に座り、ルフェランは唯一の椅子に。
 茶器を机に置いたヨウスは窓枠に腰掛けた。

「今朝、ヨウスを迎えに行ったら、こんな顔してたんだ」
 こんな、とルフェランの指がヨウスの顔の痣を指す。
「どうしたんだって訊いたらなかなか言わなくて……。
 そのうちランスが来て、指導室に呼び出されたんだよ」

 傷は何でもないというヨウスは、東寮長ランスに付いて行くので、二人もしかたなく同行した。
 道すがら、ランスが尋ねた。
(シーラット様を殴ったらしいが、本当か?)
(シーむがっ!?)
 叫びそうになったトルクの口を抑える。

 ヨウスは小さく頷いた。
(……押し倒されたか?)
 ランスが小さな声で尋ねる。
 行き交う学生たちには聞こえないように、慎重に。

(…………ヨウス?)
 東寮から本館に続く渡り廊下に入っても、それから本館の正面階段を登っても、ヨウスは答えなかった。
 それが答えだった。