驚きから抜け出せない本人を置き去りに、周囲は大いに盛り上がった。
 何せヨウスは、入舎二季目にして中級試験に受かったのだ。
 東寮生たちの喜びようは、ティセットが中等生に上ったときほどもあった。

 まさに、あの時の再現だ。

 ただ、当人はヨウスなので、肩を叩かれても、強引に握手をされても無反応。
 話しかけられても応えられず、どさくさに紛れた女生徒に触られまくっている。
 少しかわいそうだとルフェランは思ったが、喜ばしいことなので放っておいた。

 話は広まり、学生たちが詰めかけ、ヨウスは教室の入口で立ち往生した。
 ヨウスの次に結果を受けた生徒は不合格だったようだが、その後ろで自棄気味に声を上げる。



 興奮に床が揺れた。
 その時だった。
「鎮まれ!」
 恫喝の一声。

 シン、と場が鎮まり、緊張が広がる。
 あれほどの興奮が一瞬にして消えた。
 コソリともしなくなったのが不気味なほどに。

 人波が動きだす。
 波は徐々にルフェランたちに近付いてくる。
 ヨウスを背に隠すのが癖になっていたルフェランは、無意識に一歩動いた。
 嫌な予感がした。

 波の向こうから一人の青年が現われた。
「何事だ、これは?」
 青年は明らかに、ルフェランを見ている。
 その制服は白色。
 逆らってはいけない相手だ。

「…………」
 何と答えようか考えながらルフェランが口を開いた時。

「これは、シーラット様」

 ルフェランの肩に触れるか触れないかほどの近さに、東寮長ランスが現われた。
「ランス……」
「申し訳ありません。
 東寮のものが、お耳を騒がせてしまいました。
 本日は試験の発表がありまして、仲間の健闘を祝っていたところです」

 ランスの答えに、青年――シーラット侯爵家のエンドリクスは鼻で笑った。
「庶民は仲が良いな」
「唯一の取り柄ですので」

 ランスは行儀良く、侯爵家の息子の靴を見ていた。
 けっして、身分のある相手の顔をマジマジと見てはならない。
 不敬に当たるからだ。
 それでなくても、シーラット家の息子は要注意人物だと誰もが知っている。



 緊張の幕が張られた。
 それを破ったのは、一人の少女の声だった。
「エンドリクス様」
 呼ばれた青年が振り返ると、白い制服の少女が人波の間から歩いて来るところだった。
「…………」

「迎えに来てくださったのですね。
 恐縮ですわ」
 周囲の重い空気など気付きもしないというふうに、青い瞳をエンドリクスに向けて微笑ませる。
 おもわず、誰もが見惚れた。

 その容姿は、学舎本館に堂々と飾られた大絵姿の人と瓜二つ。
 帝国の花、ウェデルク皇帝が額縁から抜け出して現れたようだ。

 次期五大貴族の婚約者。
 エザル子爵家のセーラアンナ嬢。

「セーラアンナか」
「わたくし、合格していましたの」
 何も知らない少女のように微笑む。
「お祝いに、スカル酒をいただきませんか?」
 侯爵子息は鼻を鳴らして笑い、少女の腕を掴んで歩きだした。

 二人は一度も振り返らなかった。

 ルフェランはその小さな背を、じっと見ていた。
 痛みを堪えながら。


   *  *


 すっかり無口になったルフェランの後ろをヨウスは歩いた。
 その横に、東寮長のランスか並ぶ。

 ランスがいてくれると、ヨウスに声をかけてくる学生が少なくなる。
 本人もわかっていて、おデコ殴打事件(ルフェラン命名)から以降は、近くにいるようになったのだろう。

 なんだか、お姫様扱いだ。
 思うたび腰が引ける。

 子どものころは訂正しても男と信じてもらえなかった。
 この歳になってようやく、十人に一人は初対面でも間違われなくなった。
 男だと訂正すれば信じてもらえるようになった。

 大きな進歩だと思う。