紙屋の店は小さく古かった。
 大人が五人も立てば満員になるだろうし、床板は歩くたびに軋む。
 どうやら、宿屋の若女将は、床板の小さな反り返りに爪先を引っ掛けたらしい。

 紙屋の店番は真っ青な顔で、オロオロとしているだけだった。
 ティセットよりいくつか年上のようだが、仕草は子どものよう。
 その背後から、紙屋の店主がひょっこりと顔を出す。

「どうしたんだい?
 おっきな声が聞こえたよ」
「あうぅ、お、おばあちゃん」
 店番が半泣きで、たどたどしく事情を説明する。
 話を聞くにつれ、紙屋の店主はしわくちゃの顔から目を覗かせて驚いた。
 妊婦が転びかけたと聞いては肝を冷やしたらしい。

「すまなかったねぇ。
 このとおりだよぉ」
「ルネさん、大丈夫ですよ!」
「いやー、お腹の子に何かあっちゃー」
 元気に笑う宿屋の若女将とは対照的に、しきりに頭を下げて謝罪する紙屋の店主。
 良いと言ったのに、紙をオマケしてくれた。
 杖を付いた老女に頭を下げられては、居心地はあまり良くない。
 三人は早々に店を出た。



「ギースはちょっと頭足らずな子なの」
 二人の間を歩きながら、宿屋の若女将が教えてくれた。

 紙屋の店番はギースと名をいい、成人した今も子どものような言動を取るらしい。
 物覚えも悪く、なかなか仕事にありつけず、家族からも見放された状態だった。
 その頃、腰を悪くしていた紙屋の店主ルネが引き取ったということだ。

「言われた数だけ紙を売る。
 頭足らずでもできるって、ルネさんが言ってくれたんだって」
「そうだったんですか」
 あまり紙に用のないティセットは初めて知ることだった。
 言われてみれば、店番ギースが店主に説明した言葉は子どものそれと似ていた。

「それにしても、あんたがいてくれて助かったわ」
「ホントだ。
 ヨウス、ありがとう」
 帽子をかぶったヨウスは、苦笑して首を横に振った。
「エリルさんが小柄で良かった」
「ニッチのお女将さんだったら潰されてたな」
 三人は同時に笑った。



 宿屋の若女将を宿屋まで送り届けると、ティセットはヨウスを引き止めた。
 笑い声の漏れるニッチの店の様子を窓から覗き見て、まだ混み合っていないことを確認する。

「今日はホントに助かったよ」
 ヨウスを店の横道に誘って、もう一度礼を言った。
 ヨウスも周囲を見回して人気が少ないことを確認すると、帽子を取る。
 春来祭のときに買った帽子は、外出するときは欠かせなくなったようだ。

「明日、発表だろ?
 大丈夫そう?」
「たぶん。
 トルクも、けっこう良かったと思う」
「そっか」

 ヨウスのことだから大丈夫だとは思っている。
 それでも、初めての試験で緊張して散々だった学生もいるから、心配せずにはいられなかった。

 だがヨウスは、ティセットより落ち着いているようだ。
「また手紙?」
「合否を知らせようと思って」

 ヨウスが手紙を書き送る人は、北大陸の帝都に住んでいるらしい。
 船を使えば、ラディンネル国の統治帝国より近いはず。
 行こうと思えば行けないこともない距離だが、母国から出たことのないティセットには遠く感じられた。

 ヨウスは異国人なんだと、改めて思った。