「へー、兄ちゃん物知りだな」
「え、いやぁ、まぁ……」
 学舎に通えば自然と覚える国の成り立ち。
 あのトルクだって、知っていること。
 だが、そうでない人もいて、知っている自分たちのほうが少数なのだと知る。



「将来はあれかい?
 学舎のセンセーとかかい?」
「あ、い、いいえ、俺は……」
「ぶぁーか!
 学者さんがんなとこで酒注いでるか!」
「…………」

 痛い、と思った。
 過去を……それもつい最近の傷に触れられることの、なんて痛いことか。

 ふらりと足下が泳ぐ。

「ティース!」
「はいぃ!」
 厨房からの呼び声に、周囲の喧騒が耳に甦る。
 ニッチの親父さんの顔に安堵し、ティセットは二皿目の極盛パテスを取りにいった。
 
「二皿目、持ってきますね」
 背後でぎゃー、と叫び声が上った。



 まだしばらくは、傷が疼きそうだ。


   *  *


「で、どうだった?」
「…………」
 意地悪そうな顔で尋ねたのはルフェランだった。

 昨日、帝国大使にこってり怒られたトルクは、抜け殻のように萎んでいた。
 今朝帰って来たらしく、かなりの苦行だったのか、白い肌が青ざめている。
 対照的に、一時的に子守から解放されたルフェランは上機嫌だ。

「…………楽しんでるだろー」
「そんなことないって。
 説教だけで済んだんだから、良かったじゃないか!」
 はははははぁ、と笑いながら、ルフェランがトルクの背中を叩く。

 今にも草の上を転げ回りそうな勢いだ。

 毎日お説教する側にしてみたら、こんなに萎まれると気分がいい。
 これまでの苦労が報われるというものだ。

「なーんだよぅ。
 宿題まであるんだぜ!」
「宿題?」
「反省文書いて、実家に送れだってさ」

 ぷち、と草が抜かれた。
「…………」
「…………反省、ぶん?」

 穏やかな昼休み。
 いつもの木陰で食後の談笑。

 一人足りないことに慣れるのはいつだろう。
 ヨウスがぼんやりと考えていると、急にルフェランが倒れた。

「ラン?」
「…………サイテー」
「は?」
 草の上に倒れたルフェランはシクシクと泣き出した。
 その背中をトルクが蹴る。

「ラン……?」
 一人わからずにいるヨウス。
 トルクは子どものように頬を膨らませて押し黙った。

「語学の中級もとれてないヤツが、まともな文章なんて書けるわけないだろ?」
 嫌々ながら、ルフェランが答えた。
「だから、書くとき見ててやらないと、古代文字書きだすからな」

「古代文字はないだろ!」
「あぁそうだな。
 そっちのほうが難しいな」
「なんだとー!」
「ホントだろう?
 上級者用だぞ」

「古代文字……」
「何、興味ある?」
 ヨウスの呟きにルフェランが気付いた。
 子どものように喚くトルクの口を手で塞いでしまう。
「古語は文学上級と歴史の中級とらないといけないよ。
 授業は受けられるけどね」

 でも、とルフェランは眉を寄せる。
「授業も上等生ばっかりだから、一人じゃ行かないほうがいいよ」
 ヨウスの額に張り付いたままのかさぶたを見て言う。
 ヨウスも何となくわかって頷いた。