いろんなことを諦めたつもりだった。
 学舎に入ることは、ティセットのような一般人には大変なことだ。

 時間の合間を縫って稼ぐだけでは生活できない。
 よほどのことがないと上等生にはなれない。
 寝る間を惜しんで勉強しても、高官には就けない。

 それでもティセットは学舎に入った。
 叔父の脛を囓った。
 恋も、半ばで諦めた。

 何もかも、一生泥に塗れて生きたくないという、わがままで。



 実家の田畑は荒れていないだろうか。
 両親はまだ畑仕事をしているだろうか。
 弟は跡を継いだのだろうか。

 まだ、厳しい徴税は続いているのだろうか。

 高官には成れなくてもいい。
 せめて地方官になれば、厳しい取り立ても二重徴税も止めさせられる。

 手元に葉っぱしか残らないような生活から助けてやれる。



 悔しいなぁ。
 ティセットは呟いた。

 ヨウスは向かいの寝台で、ただじっと話を聞いていた。
 顔はティセットのほうを向いているが、視線はどこか遠い。

 二人部屋は広くはないが、やけにヨウスを遠くに感じる。
 開けられたままの窓から差し込む月明りが冷たい。



「……ヨウス」


   *  *


「そっち、行っていい?」

 ティセットの声に、焦点が現実に戻ってくる。
「……狭いよ」
 うん、と頷きながら立ち上がって、枕を持ったティセットが近付いてくる。

 俯せから横になって場所を空けてやる。
 ティセットも横寝だが、それでも男二人にはやはり狭い。
 互いの呼吸音が聞こえる。

 持ち込んだ枕の下に片手を差し込むティセット。
 折り曲げて胸のあたりに置いたヨウスの手を、ただジッと見ている。
 表情はないのに、今にも叫び出しそうな空気を纏って。

 賢明に大人であろうとする子供の目で。


「ルリに…………言ったんだ。
 まだ、好きだ……って。
 だから、どうなるって、わけじゃない……」
 伝えておきたかったんだ。

 ティセットは目を閉じた。
 明日が来るのを恐れてか、眉間にシワを寄せる。

「あした……引越して。
 朝から、市場に行くんだ。
 ……寒いだろうな。
 起きれるかな。

 でも、朝の賄い旨いんだ。
 授業がない日は朝から、それ目当てに行ったなぁ……。
 ルリも誘ったこと、あったな。
 うまいって、あいつ、喜んでた。

 親父さん、顔コワイけど、料理の腕は良いんだ。
 西区でも、けっこう繁盛してるほうでさ。

 店の裏手に、弟夫婦が宿屋やってて……。
 弟さん、ぜんっぜん似てないの。

 屋根裏が物置なんだけど……とりあえず、そこ貸してくれるって。
 荷物と一緒だけど、ここより広そうだし。

 明日から、そこで……」
 一人で寝るのだ。

 同室生の寝息も寝言も聞こえない。
 静かで孤独な夜。
 どれだけ繰り返すのだろう。

 いつ、終わるのか。