春来祭から、時間はあっという間に流れた。
 間違いではないだろうかというほどに。


 ヨウスはその日も、授業が終わった後、クワイトル司祭の家にいた。
 今日は守り番として、クワイトル司祭が夜から出かける。
 その支度を手伝っていた。

「今日は戻られるのですか?」
 はい、とヨウスは頷いた。
 クワイトル司祭に法衣を留める飾りを渡す。

「ティセットが、明日には寮を出るので」
「あぁ、彼が。
 ……寂しくなりますな」
「……はい」

「では明日は、こちらには来られないのですか?」
「はい。
 荷物を下宿先まで運ぶそうなので、手伝いに行ってきます」
 そうですか、と頷くクワイトル司祭の襟元を直す。

 何を思ったのかクワイトル司祭は、苦笑した。
 何か、とヨウスは尋ねる。
「見習いが板に付いてしまいましたね」
「そうですか?
 まだ慣れないことばかりです」

「いいえ、充分です。
 ほかの人でしたら、腰帯を渡すのですが……」
 ヨウスが首を横に振るのを見て、肩を落とすクワイトル司祭。
 最初からわかっていたことだが、ヨウスの気持ちに変化はない。



「実はもうすぐ、息子が帰って来るのです」
 クワイトル司祭は聖具を首に掛け、親指で撫でる。
 その親指を自分の額に付けた。

「ご子息が……」
 カルオネ国の教会にいると聞いていた。
 学舎の交換生と同じく、教会同士で僧侶を交換するらしい。

「一緒に食事でもいかがですか?
 実は、まだあなたのことを話していないのです」
「……」
 答えに詰まるヨウスを見て、クワイトル司祭は笑う。
「もちろん、カザーカ国からの来客として紹介します」

 それを聞いて一息つく。
 確かにヨウスはカザーカ国から北上して来た。
 だが、ラディンネル国が目的地だった訳ではなかった。

 たまたまラディンネル国に入り、偶然クワイトル司祭と再会した。
 ただそれだけだ。
 事を大きくしたくはないという気持ちに変わりはない。



「あと十日ほどで着くそうです。
 またその時にお話しましょう」
「はい、司祭様」

 途中までクワイトル司祭と連れ立って、大聖堂の前で別れた。
 司祭が若い僧侶とともに大聖堂に姿が消えるのを見届けて、また歩きだす。

 よく晴れた日だった。
 暖季の風が頬に心地良い。
 長くなった前髪が風に踊るのを手で押さえた。



 奨学金制度があれば……歩きながら、そう思った。

 皇都の学舎では、優秀な生徒に学費を貸し出す仕組みが敷かれている。
 出資者は商人などの富豪層のほか、一部の貴族も侍従や侍女の育成のためにと名をあげている。

 トルクの憧れの人、ジュリオラーザ公爵もその一人。
 女帝の叔父であり義父である彼の影響は大きい。