「頭で覚えるティスたちなら、あの授業で充分だと思う。
 それと違って、トルクは体で覚えるから、授業の形が合わないんだ」

「ふーん……それで?」
 ティセットには、いまいちピンとこなかった。
 問題も答えも教科書にある。
 黒板に書いたものは、次のために消していくだけだ。

 そうか。
 トルクの頭は次の問題のために、すぐに頭の中が空になるんだ。
 ……覚えなければ意味ないじゃん。



「トルク。
 昼食って字を思い出して」
 試しにとヨウスが一つ問題を出す。
「は? あぁ、うん……」
 顎を上げて考えるトルクの横で、ティセットも同じ様に考えてみる。

「今度は、黒板に昼食って書いて」
「あぁ、うん」
 胡座をかいた上に小さな黒板を置いて、トルクはサラサラと字を書く。
 ティセットは指先で、空に書いた。

「できたぜ」
「考えるのと書くの、どっちが簡単だった?」
「あー……書くの」
「……うん。
 はっきり思い出すなら、書いたほうが正確な気がする」

 ティセットも賛同すると、トルクが目を輝かせる。
「そうかぁ。
 これなら試験と同じだし、覚えやすいんだ!」

「何? 何かいい方法があったの?」
 げっそりとしたルフェランが話に加わる。
 ティセットは簡単に説明した。

「……それで第八二条が音読できるようになるかな……?」
 法学は暗記が命だ。
 役に立つかもしれない。
「やってみたら?
 俺はやってみるよ」

「授業中はとにかく、書き写せるだけ書いて、あとで別の黒板に何度も書くんだ」
「何度もって?」
「五十回くらい」
「げっ!」

 ヨウスはうっすらと笑う。
「五百回が良かったか?」
 トルクは急いで首を横に振った。



 その後トルクは、昼二回の武科を一回に減らされ、ヨウスと一緒に文学の授業に出ることになった。

「どうせ受けるんだろ?」
 にっこりと笑って言われたトルクは、ぐうの音も出ずにいた。


   *   *


 その日は、顔馴染みになった兵士がいた。

 黒岩の建物内は相変わらず賑やかだ。

 東兼備所の兵士たちはいつも以上に忙しなく動いている。
 暖気の今は人も陽気になる。
 喧嘩や迷子、スリに泥棒も増える。

 だが、一番多いのは、道案内だ。
 暖気になると買い出しにきた近隣の村人がやってくる。
 大きな街に興奮して、自分はどこに行けば良いのかわからず、駆け込んで来るのだ。



 捕まったり保護された人たちの隙間を縫って、受付にたどり着く。

 彼の顔を見ただけで、馴染みの兵士はいつものやつを取り出す。
 分厚い綴じ物が机に置かれ、ドスンと音を立てた。
 礼を言って、彼は依頼書の束を捲りだした。