大陸北部の大国、ラディンネル。
 王のいない国。

 過去、最後の王の遺言により、次代の王家は法皇に委ねられた。
 しかし、不幸なことに、時を同じくして法皇も身罷る。

 時代は混乱期を迎え、神殿には正当なる御使いを据えられないまま時が過ぎる。
 よって、新王家も得られないまま。

 以来、代理としていた五大貴族たちがそのまま空の王座を奉り、新法皇の誕生、新王家の誕生まで政を引き受けることになった。

 ―――五百年が経とうとしている。



 王都。
 主を待つ王宮はやや北よりの中央。
 東から流れて来る川の水を受け止め、三本の川にして西と北、南へと送る。

 王宮の北東に教会、北西に貴族邸。
 一般民は王宮を中心に、南に居を構える。
 商店街は街の中心を貫く大通りに軒を連ね、朝早くから深夜まで賑わう。

 街の治安維持を努める兼備所は東西の二か所に分かれていた。
 街の地図を思い描けば、東に一般層、西に裕福層と分かれているからだろう。

 何でも二つに分けたがるなぁ、と思いながら向かったのは、東の兼備所。
 ……近いから。



 黒い石造りの建物に入れば、大声が耳を貫く。
 入口付近で迷子が二名、酔っ払いが五名、スリが一名叫んだり泣いたりしていた。

 おっかなびっくり、専用の受付にたどり着く。
「賑やかだな」
 受付の兵士に訪ねれば、疲れた顔で返事が返る。
「暖かくなったからなぁ」
 長い寒気が明け、短い暖気に誰もが浮かれているのだ。

「初顔かい?」
「あぁ。
 登録したい」
「名前は? 顔見せて」

 頭巾を取りながら彼は答えた。
「ジェイ」


   *  *


 脇の辺りがくすぐったい。
 モゾモゾと身を揺らしてやり過ごす。

 今度は背中に何かが当たる。
 肩を掻くふりをして払う。

 今度は足を蹴られた。
(何なんだよ!)

 彼らの言いたいことはわかっていた。
 説明してやるのはいい。
 でも今は……。

「ティセット」
「はい!」
 教師の呼び声に、飛び跳ねて立ち上がるティセット。
 周囲から忍び笑いが聞こえた。

「授業は退屈ですか、ティセット?」
「い、いえ。
 とても有意義です」
「よろしい。
 では前に出て、この問題を解いてください」
「……はい、先生」