年が明け、春来祭が過ぎても雪解けは終わらないだろう。

 季節は白姫。

 息も白い早朝に道を歩く人の姿は少ない。
 鳥の囀りも寂しいほど。

 道の片側から迫り出した木々が朝陽を遮り、足下のぬかるみは乾く様子もない。
 長いこと踏み付けられた街道の石畳すら、泥まみれ。
 かつて美しかったであろう様は見当たらない。

 反対側は草原の向こうに小川が横たわる。
 朝陽にキラキラと光るのは水ではない。
 まだ水は凍り、流れ出せずにいる。



 凍った朝露を白く纏う木の葉の、先から溶けた雫が落ちる。
 まっすぐに。
 下にいた騎獣の鼻先に落ちて弾けた。

 騎獣が顔を振って飛ばした水滴が、そのそばでうずくまっていたものに当たる。

 おもわず彼は身を引いた。
 鼻水を掛けられたと思ったのだ。
「サイテーだ……」
 掛けられたものはどうしようもない。
 彼はうなだれた。



 冷たい風が吹いた。

 もとから湿っていた衣服が体温を奪う。
 騎獣の背から外套を引き寄せ、肩を震わせながら羽織った。

 このままでは凍えてしまうと、無理に立ち上がる。
 途端。
「いっ……」
 顔を歪めてよろめき、そばの騎獣に手を付いた。

 それとほぼ同時に、道の片側から忙しない音が聞こえだす。
 彼はギクリと体を震わせた。

 痛む足を堪えて騎獣を立ち上がらせる。
 足腰は強いがのんびり型の騎獣は主人の慌てるのもどこ吹く風。
 苛立つくらいゆっくりと立ち上がる。

 足音が近付いてくる。
 人間のものではない。
 もっと重い―――大きいものだ。

 森の向こうから聞こえてくる、草木が荒らされる音が恐ろしく耳に響く。
 次は我が身かと思うと足の痛みどころではない。



 騎獣の背中が自分の肩に触れた時、彼は自分を呪った。
 乗ってから立ち上がらせれば良かった。

 かき分けられる草。
 踏みつぶされる枯れ枝。
 荒い息遣い。

「あぁもう!」
 続く「チクショウ」という言葉が驚きに飲み込まれた。

 森を突き抜ける物体。
 彼の頭上を飛び越える。

「……!」
 顔に恐怖を貼り付け彼は振り返った。