誠実な宰相ロイビー・ウォーレン。

 彼もまた、元敵国であるアインス人への救済を勧める一人でした。
 勇将モーガン卿の援護をしつつ、貴族たちを説得して回ったのです。

「今あなたの両手に大きなパンがひとつ乗っていたとしましょう。
 足元には幼い乞食がいます。
 どこの者とも知れない卑しい子です。

 あなたは幼い乞食を蹴飛ばしてパンに齧りつきますか?
 誉れ高いシュワルドの貴人ともあろう方が、切れ端すら分け与える術をご存知ではないのですか?」

 武の騎士から一転して文の宰相の地位についたウォーレン宰相は、穏やかで、まるで声をあげることを知らないかのように静かな人でした。
 ですが彼をよく知る人は、彼には竈の中の火のように熱いものがあることを知っていました。

 自国の再興を着々と進めるかたわらアインス人を救おうとする姿は、しだいに民の中に広がります。
 自分の足で現場に向かい、自分の目で状況を見、自分の声で人に接するウォーレン宰相の誠実さと頑固さは多くの民の胸にあったものを沈め、慈愛というものに変換していきました。

 それはもちろん、ウォーレン宰相にとっては無意識のことでした。
 だからこそ自然と起こったことなのです。



 最初に一人が、自分はたくさんいる兄弟の真ん中だからと、アインス人たちへの農作業の指導をしてやっても良いと手を上げました。
 その友人と、いとこと釣られた数人が最初の派遣員となり、モーガン卿に連れられて南下しました。

 一年と半年間、彼らは定期的にウォーレン宰相に手紙を送り続け、初めての収穫を迎えたことを祝おうと、祭りを行いたいと願いました。
 ウォーレン宰相は許可し、自ら祭りに足を運んだのです。

 彼はそのときの人々の顔を忘れられないといいました。

「何と言いましょうか。
 不思議なものです。
 戦時中は魔物のようにしか見えなかった彼らの顔が、まるで兄弟のように思えたのです」


 八人の子宝に恵まれたウォーレン宰相は五人の息子たちを騎士にして、うち三人を新アインス国へ復興のための人員として送り出しました。

 幼い頃から躾られていたのか、三人の息子はアインス人を恐れもせず、おごりもせず、昔からの友人のように接しました。
 そのうちの一人である嫡子は帰還後父の姿勢を受け継ぎ、父亡き後は外務を務めました。



 のちにウォーレン宰相は、グロバー国王姉から功労をねぎらうとして、ひとつだけほしいものを尋ねられました。
 彼は言いました。

「それでしたら、殿下。
 ぜひ我ら二国を貴国の弟妹のようにお思いいただけれと思います。
 今後とも仲のよい姉弟であるよう、見守り続けていただければ幸いです。

 我らはもはや……」


 ───もはや他人ではなく、姉弟であるのです


 また娘がアインス国の貴族の元に嫁ぐとき、

「まるで甥に娘を取られた気分だ」

 そう笑ったそうです。





 新シュワルド国初代女王の御世の宰相、ロイビー・ウォーレンにはたくさんの逸話が在ります。

 文の貴人である彼は常に剣を差していました。
 特に使う当てもないそれを息子に譲ることもなく、彼は大往生を迎えます。
 不思議なことにその剣は、主亡き後は姿を消し、見つけることはできませんでした。

 後の学者はその剣を、聖剣と謳われる“正義の剣”ではないかと推測します。
 生まれ変わったシュワルド国の発展の著しさを思えば、奴隷から皇帝にまで登りつめたという英雄王の剣である可能性は高いというのです。

 けれど残念ながら、形ないものの確証に至ることはできませんでした。