「だから軍師どの、窓から入ってくるのはやめてください」
「おまえが俺を軍師と呼ばなくなったら考えよう」
 たぶん考えるだけ考えてやめないだろう。

「やっと漕ぎ着けたな」
「まったくです。
 初恋からいったい何年かかっているのやら。
 十九年ですよ、十九年!」

 生まれたばかりの赤ん坊が成人してしまう年月だ。
 呆れてしまう。

「奥手な二人じゃ遅いのもしかたないだろう。
 あぁ、出産おめでとう」
 露台の手すりに座った青年は、いったいどこから聞きつけてきたのか知らないが、祝いの言葉をくれた。

「ありがとうございます。
 手は出さないでください」
「娘か。
 十五年くらいしたら見物に来るよ」
 なんてひどい男だろう。

 三児の父となった宰相ウォーレンは、事務机の上を片付けながら歯軋りしたい気分だ。
 初めての娘で興奮している父親に対して、今の台詞は火のはいった竈に口付けるようなものだ。

「あなたにはご予定はないのですか?
 いつまでもフラフラしているわけにもいかないでしょう」
「今のところ再婚の予定はないな。
 子育てで精一杯だ」
「そうですか。
 お大事に」
「あぁ」

「……………………。
 今なんて言いました?」
「あぁ」
「いえ、その前です」
 お約束な返答に負けず再度尋ねる。
「子育てで精一杯」
「…………あの、その前もお願いします」
「再婚の予定はない?」

「ご…………………………ご結婚、されていたんですか……」
 相手はどんな女神のような人だろう。
 きっと慈悲の塊でできたような女性なのだろう。

「したいって言うからした」
 今日の夕飯は豚の丸焼きがいい、というのと大差ない言い方だった。
 なんてお手軽な人なんだろう。



「指輪」
「…………はい」

 予定通りというべきか、聖女は父からの家紋指輪は受け取らなかった。
 大切なものは貰ったからといって、聖女の騎士に返したという。
 その聖女の騎士から、グロバー国王姉が形見にほしがっているといって、ウォーレンは家紋指輪を預かった。

 王姉のことは本当らしく、聖女の騎士は「そうでしたね」と納得したようだった。
 だが、それをどうしてこの青年が知っているのかウォーレンにはわからない。



 家紋指輪を受け取るとそれを無造作に懐にしまい、青年は手すりから降りた。
 青年のほうがほんの少しだけ背が高く、痩せて見える。
 だがその腕がしなやかに剣を振るうのをウォーレンは知っていた。

「お城の庭は、そのままにしておいてくださるそうです」
 手すりに体をもたせ、遠くの空まで見ようと目を凝らした。
 細い月の明かりでは自分の家の庭先も見えない。

「そうか。
 礼をしないとな」
「魔法で石像を動かしてご覧にいれたらどうです?
 ……………………本気にしないでください」
 彼なら本当にやりかねないのでやめた。

「約束するよ。
 俺がいて、マリーの意志が消えないかぎり、シュワルド国が在ることを」
「──────」

 それは、どれだけの時間を表すものなのだろうか。

 聖女の思いは多くの人々の心に根付いている。
 親がそれを子に話し、子が孫に話し、孫がひ孫に……そうして長い時間、聖女の思いは語り継がれ、受け継がれていくだろう。
 それほどの時間のかかる約束ができるほど、彼は生き続けるというのだろうか。

 尋ねてみたいけれど、きっとはぐらかされるだろう。
 青年はいつだって突然やってきては好きなことをして、いつのまにか消えてしまうのだ。

 あの時のように。