和平が結ばれたその日を誰もが忘れないでしょう。
大観衆の中、丘で跪いた聖女の御頭に濃い桃色の花冠が捧げられたのです。
汚れと傷を抱えた甲冑は聖女の戦いの跡。
加害者にはけっして屈さず、国を愛することを惜しまず、また愛していることを憚らないという意志の徴。
戦いの日々で痛んだ髪は風に任せてなびかせ、化粧気のない頬には表裏のない笑み。
向けられる眼差しは慈雨のように優しい。
丘に立ち上がった彼女の肩から大きなマントが揺れてはためき、小さな肩をそう思わせないほど大きく見せました。
多くの仲間を失いながらも祖国を守り抜くことを誓い、果たしたその姿を、友国となったアインス人たちも丘の下で見ていました。
厚い雲の切れ間から差し込んだ陽射しに目を細め、輝くその人を見ていました。
花冠を捧げた騎士は聖女に終生仕えるとの誓約を口にし、跪きます。
領主始めすべての騎士がその場で跪き誓約を捧げました。
新しいシュワルド国は、はにかみがちな青眼の女王を迎えました。
その人の名は、マリーナ・ウィリアナ。
“決心した海の乙女”だと、どこからともなく声がしました。
新シュワルド国は小さくなりました。
元シュワルド国首都を中立地にした南北を分けるように、北東から南西へ向けて流れる川を国境にした南はアインス国、北がシュワルド国からと定められたからです。
不満の声はありました。
けれど和平を結んだことにより両国には休養がもたらされ、多くの人は安堵の息を吐きました。
それは貧窮していたアインス国民の心を穏やかにするためのときで、彼らの冷静さを取り戻すきっかけでもありました。
新しくアインス国となった土地に残っていたシュワルド人のほとんどは北上し、小さな国はいっぱいになりました。
最初の年は東の森から木の実や動物を狩り、川魚を獲って食糧としました。
そのあいだに荒らされた土地を整備し、新しい土地を開拓して田畑を作り、町を作ります。
人口の過密により、新しい建物のほとんどは背の高い多住居用が造られました。
人は多かったので復興作業は着々と進めることができました。
自国でできることにも限りがあります。
どうしても足りない食糧や知識、手にはいらない材料などは、北のグロバー国王姉が救済援助として快く貸し出してくれました。
グロバー国賢明王は姉のすることを黙認しました。
何せ救済のすべては彼女の領地から借り出されたもので、親善行為を良しとする王が口を出せる部分がなかったのです。
新アインス国は、最初は同じく復興作業に取り組んだようでした。
けれど限界はさらに大きいものでした。
なにせ土地が違う。
勝手が違うのです。
もともと漁業国でもあったためか、新しい生産業として取り組んだ農業を定着させることができず、結局シュワルド国へ知識人を求め、保護される結果となります。
そのための主要地として、元シュワルド国首都が新シュワルド国に譲渡されました。
小さなシュワルド国が属国を従える日は近い、と誰もが思いました。
その日は、驚くほど早く来ました。
和平条約の調印式のとき、仲介としてグロバー国の代表としてやってきたのは、愛らしい王女でした。
王女の訪問中にアインス国より正式な使者が届き、なんと庇護下に下ることも辞さないとの旨を告げられました。
驚いたのはシュワルド国首脳陣です。
使者の言葉により、和平から一年足らずでアインス国がいったいどうやってそこまで貧窮し、現在は想像もしなかったほどの状況であるのかを知りました。
けれどアインス王がなぜそこまで追い込まれたのか、誰も言いません。
「お伝えする順番が違いましたが、当国は新たな王をいただき、心改める所存にございます」
六年前に侵略戦争を起こした王は退位し、その息子が即位したということに、またシュワルド国首脳陣は驚かなければなりませんでした。
アインス国の使者は断言しませんでしたが、周囲から退位を望まれて強制的に廃位されたようでした。
驚いてばかりはいられません。
すぐさまグロバー国の王女も同席する会議が開かれます。
なにせシュワルド国はそれまで属国というものを持ったことがないのです。
属国を二つ持つグロバー国王女がいなければ、長いこと混乱したことでしょう。
献上品を改める暇もなく会議は行われ、二ヵ月後、使者に立候補した将軍が、宰相を連れて新アインス国の港町に向かいました。
まだ三十代という若い王は苦い顔で、自国の貧窮を訴え、今まで以上の救済を求めました。
恥も外聞もなく、属国に下ることも覚悟していました。
血気盛んな年頃の新王が他国に屈するという苦痛は、どれほどのものだったでしょう。
そこでも長いこと話し合い、最初の使者から半年後、シュワルド国はアインス国と姉弟提携を結びました。
これは属国というものに反対した聖女自らが望んだ形で、互いに再興のために手を取り合っていこうと言うものでした。
この取り計らいに感激したアインス国王は、自ら聖女の住まう首都に出向き、書面に証印を捺しました。
聖女はアインス国王の手をとり、兄弟ができたことを心から喜びました。
後ろで騎士が一人、目をむいたことには気づかずに。
大観衆の中、丘で跪いた聖女の御頭に濃い桃色の花冠が捧げられたのです。
汚れと傷を抱えた甲冑は聖女の戦いの跡。
加害者にはけっして屈さず、国を愛することを惜しまず、また愛していることを憚らないという意志の徴。
戦いの日々で痛んだ髪は風に任せてなびかせ、化粧気のない頬には表裏のない笑み。
向けられる眼差しは慈雨のように優しい。
丘に立ち上がった彼女の肩から大きなマントが揺れてはためき、小さな肩をそう思わせないほど大きく見せました。
多くの仲間を失いながらも祖国を守り抜くことを誓い、果たしたその姿を、友国となったアインス人たちも丘の下で見ていました。
厚い雲の切れ間から差し込んだ陽射しに目を細め、輝くその人を見ていました。
花冠を捧げた騎士は聖女に終生仕えるとの誓約を口にし、跪きます。
領主始めすべての騎士がその場で跪き誓約を捧げました。
新しいシュワルド国は、はにかみがちな青眼の女王を迎えました。
その人の名は、マリーナ・ウィリアナ。
“決心した海の乙女”だと、どこからともなく声がしました。
新シュワルド国は小さくなりました。
元シュワルド国首都を中立地にした南北を分けるように、北東から南西へ向けて流れる川を国境にした南はアインス国、北がシュワルド国からと定められたからです。
不満の声はありました。
けれど和平を結んだことにより両国には休養がもたらされ、多くの人は安堵の息を吐きました。
それは貧窮していたアインス国民の心を穏やかにするためのときで、彼らの冷静さを取り戻すきっかけでもありました。
新しくアインス国となった土地に残っていたシュワルド人のほとんどは北上し、小さな国はいっぱいになりました。
最初の年は東の森から木の実や動物を狩り、川魚を獲って食糧としました。
そのあいだに荒らされた土地を整備し、新しい土地を開拓して田畑を作り、町を作ります。
人口の過密により、新しい建物のほとんどは背の高い多住居用が造られました。
人は多かったので復興作業は着々と進めることができました。
自国でできることにも限りがあります。
どうしても足りない食糧や知識、手にはいらない材料などは、北のグロバー国王姉が救済援助として快く貸し出してくれました。
グロバー国賢明王は姉のすることを黙認しました。
何せ救済のすべては彼女の領地から借り出されたもので、親善行為を良しとする王が口を出せる部分がなかったのです。
新アインス国は、最初は同じく復興作業に取り組んだようでした。
けれど限界はさらに大きいものでした。
なにせ土地が違う。
勝手が違うのです。
もともと漁業国でもあったためか、新しい生産業として取り組んだ農業を定着させることができず、結局シュワルド国へ知識人を求め、保護される結果となります。
そのための主要地として、元シュワルド国首都が新シュワルド国に譲渡されました。
小さなシュワルド国が属国を従える日は近い、と誰もが思いました。
その日は、驚くほど早く来ました。
和平条約の調印式のとき、仲介としてグロバー国の代表としてやってきたのは、愛らしい王女でした。
王女の訪問中にアインス国より正式な使者が届き、なんと庇護下に下ることも辞さないとの旨を告げられました。
驚いたのはシュワルド国首脳陣です。
使者の言葉により、和平から一年足らずでアインス国がいったいどうやってそこまで貧窮し、現在は想像もしなかったほどの状況であるのかを知りました。
けれどアインス王がなぜそこまで追い込まれたのか、誰も言いません。
「お伝えする順番が違いましたが、当国は新たな王をいただき、心改める所存にございます」
六年前に侵略戦争を起こした王は退位し、その息子が即位したということに、またシュワルド国首脳陣は驚かなければなりませんでした。
アインス国の使者は断言しませんでしたが、周囲から退位を望まれて強制的に廃位されたようでした。
驚いてばかりはいられません。
すぐさまグロバー国の王女も同席する会議が開かれます。
なにせシュワルド国はそれまで属国というものを持ったことがないのです。
属国を二つ持つグロバー国王女がいなければ、長いこと混乱したことでしょう。
献上品を改める暇もなく会議は行われ、二ヵ月後、使者に立候補した将軍が、宰相を連れて新アインス国の港町に向かいました。
まだ三十代という若い王は苦い顔で、自国の貧窮を訴え、今まで以上の救済を求めました。
恥も外聞もなく、属国に下ることも覚悟していました。
血気盛んな年頃の新王が他国に屈するという苦痛は、どれほどのものだったでしょう。
そこでも長いこと話し合い、最初の使者から半年後、シュワルド国はアインス国と姉弟提携を結びました。
これは属国というものに反対した聖女自らが望んだ形で、互いに再興のために手を取り合っていこうと言うものでした。
この取り計らいに感激したアインス国王は、自ら聖女の住まう首都に出向き、書面に証印を捺しました。
聖女はアインス国王の手をとり、兄弟ができたことを心から喜びました。
後ろで騎士が一人、目をむいたことには気づかずに。