聖女の騎士を見舞ってその天幕から出てきたところで、青年軍師に声をかけられた。
話があるからと誘われ、陣営から少しだけ離れた場所まで二人は無言で歩いた。
「ロイズ家とのかかわりは何だ?」
「遠慮のないやつだ」
時間がない、と青年軍師は切り捨てる。
「わたしは……聖女どののお母上の侍従をしていた」
モーガンは正直に話した。
あれはまだ一人前とはいえない成り立て騎士の頃。
おまえの主が決まったぞ、と。
突然、父より命を伝えられ、他国へ赴いた。
「グロバー国に?」
「そうだ。
主家のロイズ子爵からの命で、姫から遅れること数年、グロバー国に入った」
「ウィリアム卿か……」
青年軍師の呟きに、モーガンは驚きつつも苦笑した。
一体、どこまで見通されているのだろう。
「目的は……」
「……そう、お子だ」
二人は同時にため息をついたことに気づいて苦笑した。
「当時、グロバー国は大戦の最中だった。
南北の国と小競り合いを繰り返し、兵力は徐々に南へ降りてきた。
シュワルド国はまだそのとき平穏そのものだった。
王は戦争などしたくなかった。
ロイズ子爵は王に取り入りたかった───それが、姫のご婚約に繋がったのだ。
婚姻によるつながりでもって友好関係を保ちたかったのだろう。
しかし、先の大戦が終結し、グロバー国との友好条約の調印式でも、お子はまったく取り扱われなかった。
わたしもそれは不思議に思ったのだが、何かまだわたしの知らない企みがあるのかと……」
「マリーナを連れて帰ったのはいつだ?」
「ちょうどシャーディ国が没した年だ。
混乱に紛れて南下し、帰還してすぐにお子をロイズ子爵にお渡しした。
あとは……お子がどうなったのか、わたしにはわからなかった。
すぐに追い出されてな」
「あの指輪は?」
「指輪?」
「焼け跡から見つかったとかいう」
「……軍師どのは、目がいくつもおありのようだ。
あれは、姫のお子にお渡しするはずのものだった。
紐に通して首にかけておいたのだが、お子が嫌がるものだから、わたしがお預かりしていたのだ。
お届けしたら急いで追い出され、その後の数年は辺境に飛ばされていて、ずっと渡しそびれていてな」
「ポルターとの接触はいつだ?」
「ひと月、ほど前だ」
「早いな」
ふっと、モーガン将軍は笑った。
これはさすがの軍師も気づいていなかったようだ。
「ポルター様から密通を持ちかけられ、主家の方に逆らうわけにもいかず、かといって聖女どのを裏切ることはできなかった。
警告になればよいと思い、煤で汚し、クラウス殿にお渡しした」
「臆病者め」
さくりと言い切られ、モーガン将軍は苦笑した。
怒れるはずもなかった。
主家も聖女も裏切れず、まさしく自分は臆病者だ。
「モーガン将軍。
調印式のとき、マリーナが取り上げられなかった理由は、気づいているんじゃないのか?」
モーガン将軍は目を丸くして青年軍師を見下ろした。
彼は答えを聞かず背を向け、最後に一言投げて去った。
「それは評価する」
「…………」
頭の切れる青年だとは理解していた。
なかなか態度と口調が改まらないのが難点だが、軍師を務めるに充分な男だ。
さらに、聖女の騎士を切り伏せようとしたポルターの剣を矢でもって阻み、間をおかずその首を射た腕前といい、戦力としても充分なものを持っているようだ。
それでいて彼は特別な待遇は求めていない。
惜しげもなく知識を使い、無駄なく兵士を動かし、草の上で休み、椀に口をつけて食事をする。
なぜそこまで聖女に尽くすのかわからない。
なぜたったあれだけの会話のなかから、幼かった聖女が政治の種に使われなかった理由がわかるというのか。
たったひとつ。
持たせなかっただけだ。
聖女の父が誰であるのかの証拠を持たせなかっただけなのだ。
紐を通して自分の首に掛け、誰の目にも触れぬようにと隠し続けた───家紋指輪。
それがなかったがために、幼い赤子は庶子として扱われたのだ。
去っていく背に、勇将と呼ばれた男は瞑目した。
話があるからと誘われ、陣営から少しだけ離れた場所まで二人は無言で歩いた。
「ロイズ家とのかかわりは何だ?」
「遠慮のないやつだ」
時間がない、と青年軍師は切り捨てる。
「わたしは……聖女どののお母上の侍従をしていた」
モーガンは正直に話した。
あれはまだ一人前とはいえない成り立て騎士の頃。
おまえの主が決まったぞ、と。
突然、父より命を伝えられ、他国へ赴いた。
「グロバー国に?」
「そうだ。
主家のロイズ子爵からの命で、姫から遅れること数年、グロバー国に入った」
「ウィリアム卿か……」
青年軍師の呟きに、モーガンは驚きつつも苦笑した。
一体、どこまで見通されているのだろう。
「目的は……」
「……そう、お子だ」
二人は同時にため息をついたことに気づいて苦笑した。
「当時、グロバー国は大戦の最中だった。
南北の国と小競り合いを繰り返し、兵力は徐々に南へ降りてきた。
シュワルド国はまだそのとき平穏そのものだった。
王は戦争などしたくなかった。
ロイズ子爵は王に取り入りたかった───それが、姫のご婚約に繋がったのだ。
婚姻によるつながりでもって友好関係を保ちたかったのだろう。
しかし、先の大戦が終結し、グロバー国との友好条約の調印式でも、お子はまったく取り扱われなかった。
わたしもそれは不思議に思ったのだが、何かまだわたしの知らない企みがあるのかと……」
「マリーナを連れて帰ったのはいつだ?」
「ちょうどシャーディ国が没した年だ。
混乱に紛れて南下し、帰還してすぐにお子をロイズ子爵にお渡しした。
あとは……お子がどうなったのか、わたしにはわからなかった。
すぐに追い出されてな」
「あの指輪は?」
「指輪?」
「焼け跡から見つかったとかいう」
「……軍師どのは、目がいくつもおありのようだ。
あれは、姫のお子にお渡しするはずのものだった。
紐に通して首にかけておいたのだが、お子が嫌がるものだから、わたしがお預かりしていたのだ。
お届けしたら急いで追い出され、その後の数年は辺境に飛ばされていて、ずっと渡しそびれていてな」
「ポルターとの接触はいつだ?」
「ひと月、ほど前だ」
「早いな」
ふっと、モーガン将軍は笑った。
これはさすがの軍師も気づいていなかったようだ。
「ポルター様から密通を持ちかけられ、主家の方に逆らうわけにもいかず、かといって聖女どのを裏切ることはできなかった。
警告になればよいと思い、煤で汚し、クラウス殿にお渡しした」
「臆病者め」
さくりと言い切られ、モーガン将軍は苦笑した。
怒れるはずもなかった。
主家も聖女も裏切れず、まさしく自分は臆病者だ。
「モーガン将軍。
調印式のとき、マリーナが取り上げられなかった理由は、気づいているんじゃないのか?」
モーガン将軍は目を丸くして青年軍師を見下ろした。
彼は答えを聞かず背を向け、最後に一言投げて去った。
「それは評価する」
「…………」
頭の切れる青年だとは理解していた。
なかなか態度と口調が改まらないのが難点だが、軍師を務めるに充分な男だ。
さらに、聖女の騎士を切り伏せようとしたポルターの剣を矢でもって阻み、間をおかずその首を射た腕前といい、戦力としても充分なものを持っているようだ。
それでいて彼は特別な待遇は求めていない。
惜しげもなく知識を使い、無駄なく兵士を動かし、草の上で休み、椀に口をつけて食事をする。
なぜそこまで聖女に尽くすのかわからない。
なぜたったあれだけの会話のなかから、幼かった聖女が政治の種に使われなかった理由がわかるというのか。
たったひとつ。
持たせなかっただけだ。
聖女の父が誰であるのかの証拠を持たせなかっただけなのだ。
紐を通して自分の首に掛け、誰の目にも触れぬようにと隠し続けた───家紋指輪。
それがなかったがために、幼い赤子は庶子として扱われたのだ。
去っていく背に、勇将と呼ばれた男は瞑目した。