三十代半ばにして将軍となったモーガン子爵。

 領地を失い、多くの仲間を殺され、それでも彼は戦い続けます。
 後込みするものを一喝し、傷ついたものに手を差し伸べます。

 分厚い胸板は堅い胸当てのようで、ひときわ高い背丈で敵を前に、まるで城壁のような姿。
 太い腕は長剣を振り回し、轟く声は味方の心を奮い立たせ、敵を竦みあがらせました。



 モーガン卿は、戦場に降り立った聖女に跪きます。
 聖女の天帝の住まうような澄んだ瞳に国の命運を賭けたのです。

 モーガン卿の隊は常に、北上し続ける聖女の軍のしんがりを務めました。
 どんな窮地であっても彼は部下を引きずってでも戻ってくるのです。

 不屈の勇将モーガンと、人々は呼ぶようになりました。



 聖女誕生から半年が経って少し。

 歳若い軍師がひとつの提案をあげました。
 揃ったものはみな眉間にしわを寄せ、その提案に難色を示します。

 それでも軍師は根気強く、味方の説得をします。
 聖女はうなずき、公平な意見を求める彼女も説得にあたりました。

 それは、───和平。

 シュワルド国が求めるもののひとつでした。
 そのために人々は戦っているのです。

 しかし軍師の提案したそれは、国土の三分の一を失ったままでのことでした。
 これ以上の敵の侵略を止めるものでしたが、すべてが元通りになるものではありませんでした。

 説得は難航しました。

「軍師どの。
 あなたはこの国の者ではないから、そのようなことが言えるのですぞ」
 反対意見を揺るがせないモーガン卿は、年若い軍師に非難の目を向けます。

 モーガン将軍、と落ち着いた声が呼びかけます。
「目の前で死にかけたものがいるとして、まずどこの出身なのか尋ねるのか?」

 言葉を詰まらせたモーガン卿は、軍師を、一見するとただの青年をまじまじと見つめます。
 青年軍師の目はまっすぐにモーガン卿を見ていました。

 彼は聖女誕生のその場に居合わせた一人でした。
 聖女の騎士と肩を並べ、女神像に頭を垂れる聖女の背後に控えていたのです。

 盗賊のような軽装で、時には兵士・民兵に紛れて戦場を駆けました。
 どの作戦においても必ず聖女を初めとする高位指揮者を納得させ、己の立てた策を成功させました。

 若さゆえの妄想も功績への欲目もなく、淡々と地位を築き上げたのです。
 それは今彼が、誰が決めるともなく軍師と呼ばれるようになったのが何よりの証拠でした。

 青年軍師の真摯な眼差し。
 それは聖女の澄んだ眼差しとはまた違うものでしたが、彼の心を引き寄せました。

 勇将モーガン卿はそのとき、ひとつの決意をします。

 平安のときであったならば草を食む牛のような男だったろうと評されるモーガン卿は、視線を牧草から離し、策を飛び越え牧草地に入り込んだ肉食獣を睨みつけます。

 敵は強軍。
 背水の陣の、死を恐れぬ兵揃い。

 祖国を脅かし侵略した罪は重い。

 だが敵は貧国。
 故郷には腹をすかせた赤子もいるだろう。

 すべてのものを取り戻すには、これまでと同じ年月と血が必要になる。
 それならば今残ったものを守り抜くことが重要であり、先決すべきことだ、と。

 モーガン卿は国土を譲ったままの和平に賛同します。
 彼の言葉に誰もが驚きましたが、次々に賛同の意を示しました。



 新たな目的に向けて燃えるモーガン卿は、青年軍師に改めて尋ねます。
「軍師どの。
 勝てますかな、この戦い?」

 青年軍師は微笑みます。

「止めはしない」



 戦後、アインス国への救済活動に率先して働いたのはモーガン卿でした。
 かつての敵の中に溶け込み、シュワルド人もアインス人もなく手を差し伸べました。

 最初は直属の部下だけが同行しました。
 数日後、数ヶ月、数年経つごとに救済の手は増え、新アインス国へ住み込む者も現れました。

 交易が起こり、市が立ちます。
 買った種を育てたいものと、育て方を教える者が現れます。
 故郷へ帰りたいと泣く者と故郷をなくした者が慰めあい、励まし、酒を酌み交わして笑い声を上げました。



 両国の行き来が気軽にされるようになると、モーガン卿は軍職を離れ、親善大使として新アインス国に留まりました。

 初老を迎えてやっと妻帯し、二人の子どもに恵まれた勇将は、余生はアインス国で牛のようにのんびりと暮らしました。

 彼の名は祖国だけでなく、アインス人にも長く語り継がれることになるのです。



 隣の優将モーガン、と。