美しい魔導士の治療を受けている間、彼はボーっとしていた。
そのあまりの美しさに口が半開きになっていることにも気づかなかった。よだれがあごを伝ってやっと気づいた。
「大きなたんこぶ……」
任務中にケガをして、それを隠していたら先輩に殴られた頭が痛い。ケガよりそちらが痛む。
「先輩ってぜんぜん手加減ないんスよ!」
くすくす、と美しい魔導士は笑った。笑うとなお美しいと彼は見惚れた。
「ゴロ師はあなたのために言ったのよ。
ケガの痛みがもとで任務に支障をきたすかもしれないし、最悪、命を失うことだってあるわ。
あなたたちの任務には忍耐が必要だけど、我慢強さや見栄は必要ではないの」
「……はい。すみません」
「それはゴロ師に言ってね」
美しい魔導士は頭をなでてくれた。
どうやら子ども扱いのようだ。
治療が済むと美しい魔導士は部屋を出ていき、かわりに先輩が入ってきた。
「生きていたか?」
「ホレ死にそうです」
「外で死ね」
「…………」
先輩は限りなく冷たい。
先輩は彼の師匠の兄弟弟子にあたり、いうなれば伯父だ。
なのにちっとも優しくない。
まったく修行をつけてくれない師匠のせいで導師をわたり歩いていた彼にとって、大魔導師直属の肩書きを持つ先輩は輝いて見えた。
なんであのバカ師匠の兄弟にこんな人がいるのだろうかと、驚いたものだ。
世の中って不思議だ。
憧れついでに見習い直師までたどり着いたって言うのに、この扱い。
見習い試験が終わったら準直師として候補期間がある。
やっていけるだろうか。
ちゃんと受かるだろうか……。
若いうちに悩むとハゲるって本当だろうか……。
ハゲるくらいならザンティ導師やイサみたいにつるっつるに剃ってやる!
「先輩! オレがんばります!」
「死なないていどにな」
「死なないていどにガンバったら、現大師に会えますか!?」
「無理だ」
即答だった。
口数の少ない先輩ならではの簡潔で愛想の欠片もない返答だった。
涙が出そうだ。
「直師だからといって、現大師は簡単にお会いにならない。
セサ直師くらいになれば、ご報告にあがらせていただけるがな」
「そ、それって、どれくらいかかるんスか?」
「どれくらいと言うと?」
「時間とか、成績とか」
先輩は少しだけ考えた。
「ご報告に上がるセサ直師でいえば、補佐から数えて約二十年だと聞く。そのあいだに三年ほどの休暇があったが」
「に、にじゅう!?」
二十年も同じことしてたんだあの人!
「わたしたちの師匠……おまえの祖父師匠にあたる方のように、補佐の期間が十年に満たない人や、見習いどころか補佐まで飛んで役目に就いた方でないと、現大師にお会いすることは難しい」
「そ、そんな人いるんスか!?」
「……話だけは聞く」
「だれ!? 生きてんの!?」
ごす、と頭を殴られた。
「痛い!」
「……ご存命だ。引退されてはいるが」
「引退!? 隠居してんの!? どこに!?」
先輩は黙り込んだ。
こ、これは!
居場所を知っている。
確実にやつはクロだ!
先輩の胸倉を掴み、目を覗き込む。
真っ黒な目は白いところが少なくて犬のようだ。……獰猛な。
「教えてください!」
「イヤだ」
「なんで!?」
「ご迷惑がかかる」
「迷惑? 誰が? なんで?」
「おまえは態度がでかくて生意気で、礼節に欠け、言動がおかしい。相手にご迷惑がかかる」
なんて失礼な!
「俺だってやるときはやります!」
「無理だ」
「なんで? 何が無理で何がおかしいんですか!?」
「すべて」
「……は?」
「おまえのすべてがおかしい」
「!」
ショーック!!
「せっ、先輩だっておかしいじゃないスか!」
「どこが?」
「犬みたいな目!!」
そのとき彼は、まだ知らなかった。
組織一の謎とされる師匠を持ちながら、まったく持って彼は知識不足だった。
師匠の兄弟弟子には、言ってはいけない言葉があるということを。
「……っ…………!」
無言で目一杯殴られた彼はうめき声も出ず、床に突っ伏した。
「このクソガキ!」
呪われるような低音の罵りは、幸運にも彼には聞こえなかった。
大魔導師直属の魔導士を直師という。
その見習い期間は約五年。
それを、一年で見切られた男がいる。
その男は、毎日先輩に殴られるため、たんこぶが絶えなかった。そのせいでいつもたんこぶを作っていた。
だから周囲は彼のことを『瘤のテテ』と呼んで笑っていた。
無情にも、彼の大先輩『たんこぶラスア』と似たような呼び名だった……。
という事実は、騒ぎを起こさぬよう、先輩は隠し続けた。
殴られて気絶した彼は、任務の疲れもあってそのまますやすやと眠った。
親切にも寝台まで運んでくれた先輩が、その足で彼の見習い失格の報告に向かうなんて、まだ知らない……。
そのあまりの美しさに口が半開きになっていることにも気づかなかった。よだれがあごを伝ってやっと気づいた。
「大きなたんこぶ……」
任務中にケガをして、それを隠していたら先輩に殴られた頭が痛い。ケガよりそちらが痛む。
「先輩ってぜんぜん手加減ないんスよ!」
くすくす、と美しい魔導士は笑った。笑うとなお美しいと彼は見惚れた。
「ゴロ師はあなたのために言ったのよ。
ケガの痛みがもとで任務に支障をきたすかもしれないし、最悪、命を失うことだってあるわ。
あなたたちの任務には忍耐が必要だけど、我慢強さや見栄は必要ではないの」
「……はい。すみません」
「それはゴロ師に言ってね」
美しい魔導士は頭をなでてくれた。
どうやら子ども扱いのようだ。
治療が済むと美しい魔導士は部屋を出ていき、かわりに先輩が入ってきた。
「生きていたか?」
「ホレ死にそうです」
「外で死ね」
「…………」
先輩は限りなく冷たい。
先輩は彼の師匠の兄弟弟子にあたり、いうなれば伯父だ。
なのにちっとも優しくない。
まったく修行をつけてくれない師匠のせいで導師をわたり歩いていた彼にとって、大魔導師直属の肩書きを持つ先輩は輝いて見えた。
なんであのバカ師匠の兄弟にこんな人がいるのだろうかと、驚いたものだ。
世の中って不思議だ。
憧れついでに見習い直師までたどり着いたって言うのに、この扱い。
見習い試験が終わったら準直師として候補期間がある。
やっていけるだろうか。
ちゃんと受かるだろうか……。
若いうちに悩むとハゲるって本当だろうか……。
ハゲるくらいならザンティ導師やイサみたいにつるっつるに剃ってやる!
「先輩! オレがんばります!」
「死なないていどにな」
「死なないていどにガンバったら、現大師に会えますか!?」
「無理だ」
即答だった。
口数の少ない先輩ならではの簡潔で愛想の欠片もない返答だった。
涙が出そうだ。
「直師だからといって、現大師は簡単にお会いにならない。
セサ直師くらいになれば、ご報告にあがらせていただけるがな」
「そ、それって、どれくらいかかるんスか?」
「どれくらいと言うと?」
「時間とか、成績とか」
先輩は少しだけ考えた。
「ご報告に上がるセサ直師でいえば、補佐から数えて約二十年だと聞く。そのあいだに三年ほどの休暇があったが」
「に、にじゅう!?」
二十年も同じことしてたんだあの人!
「わたしたちの師匠……おまえの祖父師匠にあたる方のように、補佐の期間が十年に満たない人や、見習いどころか補佐まで飛んで役目に就いた方でないと、現大師にお会いすることは難しい」
「そ、そんな人いるんスか!?」
「……話だけは聞く」
「だれ!? 生きてんの!?」
ごす、と頭を殴られた。
「痛い!」
「……ご存命だ。引退されてはいるが」
「引退!? 隠居してんの!? どこに!?」
先輩は黙り込んだ。
こ、これは!
居場所を知っている。
確実にやつはクロだ!
先輩の胸倉を掴み、目を覗き込む。
真っ黒な目は白いところが少なくて犬のようだ。……獰猛な。
「教えてください!」
「イヤだ」
「なんで!?」
「ご迷惑がかかる」
「迷惑? 誰が? なんで?」
「おまえは態度がでかくて生意気で、礼節に欠け、言動がおかしい。相手にご迷惑がかかる」
なんて失礼な!
「俺だってやるときはやります!」
「無理だ」
「なんで? 何が無理で何がおかしいんですか!?」
「すべて」
「……は?」
「おまえのすべてがおかしい」
「!」
ショーック!!
「せっ、先輩だっておかしいじゃないスか!」
「どこが?」
「犬みたいな目!!」
そのとき彼は、まだ知らなかった。
組織一の謎とされる師匠を持ちながら、まったく持って彼は知識不足だった。
師匠の兄弟弟子には、言ってはいけない言葉があるということを。
「……っ…………!」
無言で目一杯殴られた彼はうめき声も出ず、床に突っ伏した。
「このクソガキ!」
呪われるような低音の罵りは、幸運にも彼には聞こえなかった。
大魔導師直属の魔導士を直師という。
その見習い期間は約五年。
それを、一年で見切られた男がいる。
その男は、毎日先輩に殴られるため、たんこぶが絶えなかった。そのせいでいつもたんこぶを作っていた。
だから周囲は彼のことを『瘤のテテ』と呼んで笑っていた。
無情にも、彼の大先輩『たんこぶラスア』と似たような呼び名だった……。
という事実は、騒ぎを起こさぬよう、先輩は隠し続けた。
殴られて気絶した彼は、任務の疲れもあってそのまますやすやと眠った。
親切にも寝台まで運んでくれた先輩が、その足で彼の見習い失格の報告に向かうなんて、まだ知らない……。