マリーは籠を片手に森を歩いていた。

 森といっても家の周囲を囲む庭のことで、危険な動物がいないことを除けば自然にできた森そのものだった。
 本物の森を見たことはないが、誰もが森のようだというので、マリーもそう思うことにしている。

 先日いとこが、この森の庭できのこを発見したと言った。
 マリーはきのこ採りをしたことがなかったのでぜひ行きたいと兄たちにせがんだが、今日はお稽古だらけで相手ができないと言われた。
 明日まで待てるマリーではない。

 大好きな森の庭だ。
 危険な生き物もいない。
 一人で行くときもあるから、マリー一人でも大丈夫。

 そんなわけで、マリーは弾むような足取りで森の庭にやってきた。

 庭師がいうには、日当たりの良い西のほうより、ちょっと湿り気のある北東でたくさん採れるらしい。
 兄たちと遊んだりお茶をするのはいつも西側だったので、まるで初めて森に入るような気分だ。

 頭上からちらちらちと陽が差し込んでいる。
 見上げると、濃い緑色の夜空に広がる満天の星を見るようだ。

「あっ」
 木の根に足を取られた。
 足元には気をつけて歩きなさいと、父がよく言っていたのに。
 言い付けを守らなかったから、転んでひざを怪我してしまったのだ。

「いたいよー!」
 マリーに何かあったら真っ先に飛んでくるはずの兄たちは、いつまで経っても来なかった。
 しかたなく一人で立ち上がり、涙でぬれた頬を擦りながら歩き出す。

 かさり、と音がした。
「どうしたの?」
 茂みの向こうから女の人が声をかけてきた。
 涙と土と血で汚れたマリーを見て驚きの声をあげる。

「転んだの? 手当てをしましょうね」
 女の人は籠を取り、マリーの手を引いて歩き出した。
 マリーはびっくりして引かれるままについていった。

 茂みを三つほど越えると、苔の山があった。
 よくみるとそれは木が折り重なるようにして山を造り、そこに苔や草が生えているものだった。

 そばには古い井戸があって、女の人はそこから水をくみ上げ、手ぬぐいを濡らしてマリーの怪我した足の汚れを拭った。
 それから腰に下げている袋から出したものを見せて「ちょっとがまんしてね」と言ってそれを傷に塗った。
 少し傷に染みたけれど、マリーは我慢した。

 手当てが済むと、女の人はマリーの顔や服の汚れを拭ってくれた。
「ありがとう。
 あなた、ここで何をしているの?」
「あなたこそ何をしているの? こんな奥まで来て」

 言われてマリーは、周囲を見渡した。
 庭とはいっても初めてくるところだから見覚えのあるものがない。
 こんな苔の山があったことも知らなかった。

「きのこを採りにきたのよ。
 お母さまが、きのこが大好きだから」
「そうなの。
 それなら、もっと北側がいいわ」

「あなた、庭師なの?」
「どうして?」
 そんなことを訊かれても、マリーには困る。

 この庭はとても広いために、何人もの庭師によって手入れがされている。
 でも女の庭師がいたなんて、マリーは知らない。

 庭はマリーの両親のものであって、勝手に出入りしてはいけないし、マリーが一番好きなところなのだ。
 知らない人には勝手に入ってほしくない。

「あなた、お父さまに怒られるわよ。
 はやく出て行ったほうがいいわ」
「怒られるかしら?」
「きっと。
 だってお父さまって、怒ったらとっても恐いのよ。
 お父さまは騎士なんだから、あなたなんてあっというまに追い出されるわ」

「じゃぁ早めに出て行くわ。
 それまで内緒にしていてくれない?」
「内緒に」
「そう。内緒に。
 お礼に、きのこ採りを手伝うわ」
「それはダメ。
 わたしがお母さまのきのこを採りたいの。
 もっと何かない? 楽しいお話をしてくれてもいいわ」

 ばあやが毎夜聞かせてくれる御伽噺に、マリーはそろそろ飽きてきていた。
 ばあやの顔はしわだらけで、怖い話をされると本当に怖くて、かえって眠れなくなってしまう。

「お話ね。
 どんなのがいいのかしら?」
「わくわくするのがいいな」
「じゃぁ、『青眼の聖女』は?」
 マリーは跳ねた。
「それ! それがいい!」

 実をいうと、それはもう何度も聞いたことがある。
 でも一番のお気に入りなのだ。
 何度訊いても飽きない。

 女の人は日当たりのいいところに腰を下ろした。
 手招きされて、マリーもその横に座る。
 もうきのこのことは忘れかけていた。

「それじゃ、始めるわね」

 座っていてもマリーは女の人を見上げる角度になる。
 キラキラと輝く陽の光が女の人のきれいな金髪を照らしていた。
 まるで天使のようだとマリーは思った。

「お話は、一人の少女から始まります───」