「あ、れ? あ、あの、導師、今、こ、ここに、レンがいませんでしたか?」
修行生に聞かれ、彼女は建物に向かって指を指した。
「師匠のところに戻ったわよ」
「えー。なんだよ。あいつ今から稽古なんですよ」
「忘れているのよ。一緒に連れて行ってあげて」
「はい!」
彼女の頼みに、少年は顔を赤くして答えた。
「あ、あの、導師は、今から……」
「わたし? わたしも今から別のお稽古よ」
「そうなんですか。
オレ、もうちょっと頭が良かったら、導師の稽古うけたかったなぁ」
「まぁ。頭の良し悪しは関係ないわ。師匠と相談してみたら?」
「え! い、いいんですか?」
「席は空いているわ」
「じゃ、し、師匠に話してきます!」
修行生は小躍りして駆けていった。
静かになった庭には彼女一人。
すぐそばの森から甘い風が吹いてくる。木の実が生っているのだろうか。
もし甘い実が生っていたら幼い弟子に教えてやろうと、彼女は森の中に足を踏み入れた。
それは間もなく見つかった。
腰の高さまで成長した茂みにたわわに実った赤い実。彼女は熟れ具合を確かめるため、実を一粒摘んで口に入れようとした。
「あ」
彼女の手から赤い実が落ちた。
誰かが彼女の手首を掴んだのだ。
視線をあお向けると、背の高い男がいた。
「……どなたかしら?」
少しの気配も感じさせず彼女の手首を掴んだ男は、四角い顔を綻ばせて彼女に詫びた。
「俺がこのまえこれを食べたら、腹を壊してしまった。あんたも気をつけたほうがいい」
「まぁ。……そうだったの」
彼女は足元に落ちた赤い実から一歩離れた。金色の髪が揺れて男の胸を叩く。
男は呟いた。
「美しい……」
男の手は彼女の手首から離れず、引き寄せてもう片方の手で細い腰を引き寄せる。
彼女は強い力にされるまま、両手を男の厚い胸に添えた。
「乱暴ね」
「あんたが悪い」
「なぜ?」
「あんたが美しすぎるからだ」
「まぁ。ありがとう」
彼女は微笑む。
「でも、美しさはわたしのせいではないわ。それに捕らわれる人が悪いのよ」
なるほど、と男は呟いた。
彼女の手首を開放し、彼女の細い首を掴む。腰をさらに引き寄せて顔を寄せた。
彼女はうっとりと目を細めて唇を受けた。
男はしばし、蜜に酔った。
酔いは頭の心を捉え、男の両手から力を奪い、彼女を解放した。
彼女は一歩、退いた。
男の体が傾いて、地面に突っ伏した。
ふふ、と赤い唇が笑った。
「ごめんなさい、侵入者さん。
わたしのカワイイ子たちに会わせるわけにはいかないの」
その美しい魔導士は美しいだけでなく温和で、親を失って引き取られた子どもたちにとって母でもあった。
そして、優秀でもあった。
大魔導師の住まう館の周囲は深い森が包んでいたが、ときおり、その森を抜けてくる侵入者がいた。
魔導士の素質を持つ子どもたちを攫おうと、侵入者は後が絶えなかった。
美しい魔導士は、薬草を採りによく森に入っていった。それを誰もが心配したが、彼女はやめようとしなかった。
そして不思議なことに、彼女は侵入者と一度も遭うことはなかったらしく、いつも無事で戻ってきた。
その美しさに見惚れた侵入者は引き返していくのだと誰もが囁く。
だからその美しい魔導士を、『美のリプティ』と誰もが呼んで慕った。
彼女は小さく呟いて、男を土に還した。
赤い実を改めて口にすると、美しい柳眉を寄せる。
「嫌な毒ね」
誰かが間違って赤い実を食べないように見張らせるため使い魔を呼び、自身は部屋に戻った。
これから、解毒剤を作ってあの赤い実を生らせる茂みを元に戻さなければならない。
そして、子どもたちを連れて実を摘みに行くことを、彼女は楽しみに計画した。
修行生に聞かれ、彼女は建物に向かって指を指した。
「師匠のところに戻ったわよ」
「えー。なんだよ。あいつ今から稽古なんですよ」
「忘れているのよ。一緒に連れて行ってあげて」
「はい!」
彼女の頼みに、少年は顔を赤くして答えた。
「あ、あの、導師は、今から……」
「わたし? わたしも今から別のお稽古よ」
「そうなんですか。
オレ、もうちょっと頭が良かったら、導師の稽古うけたかったなぁ」
「まぁ。頭の良し悪しは関係ないわ。師匠と相談してみたら?」
「え! い、いいんですか?」
「席は空いているわ」
「じゃ、し、師匠に話してきます!」
修行生は小躍りして駆けていった。
静かになった庭には彼女一人。
すぐそばの森から甘い風が吹いてくる。木の実が生っているのだろうか。
もし甘い実が生っていたら幼い弟子に教えてやろうと、彼女は森の中に足を踏み入れた。
それは間もなく見つかった。
腰の高さまで成長した茂みにたわわに実った赤い実。彼女は熟れ具合を確かめるため、実を一粒摘んで口に入れようとした。
「あ」
彼女の手から赤い実が落ちた。
誰かが彼女の手首を掴んだのだ。
視線をあお向けると、背の高い男がいた。
「……どなたかしら?」
少しの気配も感じさせず彼女の手首を掴んだ男は、四角い顔を綻ばせて彼女に詫びた。
「俺がこのまえこれを食べたら、腹を壊してしまった。あんたも気をつけたほうがいい」
「まぁ。……そうだったの」
彼女は足元に落ちた赤い実から一歩離れた。金色の髪が揺れて男の胸を叩く。
男は呟いた。
「美しい……」
男の手は彼女の手首から離れず、引き寄せてもう片方の手で細い腰を引き寄せる。
彼女は強い力にされるまま、両手を男の厚い胸に添えた。
「乱暴ね」
「あんたが悪い」
「なぜ?」
「あんたが美しすぎるからだ」
「まぁ。ありがとう」
彼女は微笑む。
「でも、美しさはわたしのせいではないわ。それに捕らわれる人が悪いのよ」
なるほど、と男は呟いた。
彼女の手首を開放し、彼女の細い首を掴む。腰をさらに引き寄せて顔を寄せた。
彼女はうっとりと目を細めて唇を受けた。
男はしばし、蜜に酔った。
酔いは頭の心を捉え、男の両手から力を奪い、彼女を解放した。
彼女は一歩、退いた。
男の体が傾いて、地面に突っ伏した。
ふふ、と赤い唇が笑った。
「ごめんなさい、侵入者さん。
わたしのカワイイ子たちに会わせるわけにはいかないの」
その美しい魔導士は美しいだけでなく温和で、親を失って引き取られた子どもたちにとって母でもあった。
そして、優秀でもあった。
大魔導師の住まう館の周囲は深い森が包んでいたが、ときおり、その森を抜けてくる侵入者がいた。
魔導士の素質を持つ子どもたちを攫おうと、侵入者は後が絶えなかった。
美しい魔導士は、薬草を採りによく森に入っていった。それを誰もが心配したが、彼女はやめようとしなかった。
そして不思議なことに、彼女は侵入者と一度も遭うことはなかったらしく、いつも無事で戻ってきた。
その美しさに見惚れた侵入者は引き返していくのだと誰もが囁く。
だからその美しい魔導士を、『美のリプティ』と誰もが呼んで慕った。
彼女は小さく呟いて、男を土に還した。
赤い実を改めて口にすると、美しい柳眉を寄せる。
「嫌な毒ね」
誰かが間違って赤い実を食べないように見張らせるため使い魔を呼び、自身は部屋に戻った。
これから、解毒剤を作ってあの赤い実を生らせる茂みを元に戻さなければならない。
そして、子どもたちを連れて実を摘みに行くことを、彼女は楽しみに計画した。