彼は唸った。
横には唸りの原因である弟子が立っている。
背の高い男だ。肩幅も広く、四角い顔は愛嬌もある。
笑えば人懐こさがあって好感が持て、素直で優しく、謙虚な態度が兄弟子たちにも可愛がられる理由だろう。
魔導士としての出来は、彼の弟子の中でも最下位だが。
五年から八年かかるといわれる低位魔導士への道を、弟子は十三年かけてたどり着いた。
素質を持ちながら志半ばで諦めていく者もいるというのに、素質は壊滅的な弟子は諦めなかった。牛歩の歩みよりも遅い成長に腹立たしくて泣いた夜もあっただろうに、諦めることを自分に許さなかった。
位をいただくとき、低位のさらに下段だというのに、泣きに泣いて喜んだ。
兄弟子たちも、不出来な弟のためにと祝いの席を設けたほどの祝日だった。
出来の悪い子ほどかわいいもので、彼は失敗を繰り返す弟子を長い目で見守りつづけた。
低位下段につくまで十三年もかかるとは思わなかったが、大変なのはこれからだ。
今後は、上位のものに仕えながら修行も続けなければならない。上位の姿勢を学びながら、自身の鍛錬を行わなければならない。
良い先輩に巡り会えれば良いだろう。
そうでない場合、くじけて、痛めつけられ、上位の世話をするだけの生涯で終える。
そうなってほしくないと、彼は常々思っていた。
そこにきて、うまい話が舞い込んだ。
大師の肩書きを持つ魔導士の補佐という仕事だった。
彼の先輩からの伝で、おとなしくて従順で、低位のものがいいとの条件に彼は飛びついて弟子を挙げた。
「腕力はあるか?」
先輩は尋ねた。
「は? 力仕事ですか?」
「場合によってはな」
「力はあります。体格もいい」
「頭のほうは?」
「……少々、鈍いですが」
ちょうどいい、と先輩はつぶやいた。
かくして出来の悪い弟子の最初の仕事は、大師の補佐。
その大師は盲目で、仕事の補佐というより身の回りの世話だった。場合によっては大師を抱えあげなければならないとの説明に、彼は納得した。
緊張の面持ちで初仕事に向かう弟子を見送る。
還ってきたとき、おそらく落ち込むだろう。弟子はおそらく怒られてくるだろう。
お茶の一杯さえ満足に淹れられない子なのだ。
慰めるのは苦手な彼だが、話くらいは聞いてやろうと、心待ちにしていた。まるで嫁入りした娘が、もとい、婿入りした息子が里帰りしてくる日を待つ心境で。
半月ほどで、不出来な弟子は還ってきた。
大きなお土産を担いで。
「……それは、何だ?」
彼は不出来な弟子に尋ねた。
「た、大師、です」
不出来な弟子は答えた。
見ればわかる。
その人の肩には大師の印が留められているから。
彼が尋ねたのは、なぜ不出来な弟子が大師を横抱きに抱えて還ってきたのかということだった。
今から結婚するのかおまえたちはと、彼の先輩なら言うだろう。真面目な彼は思いもしない。
大師は不出来な弟子から下りると、まず詫びた。両足を床につけると、少しよろめいた。
「申し訳ない。任務中に足をくじいてしまい、安静をと言われているもので」
彼の部屋は五階にある。足を痛めたものに五階までの階段は確かに大変だ。
彼は納得した。
来客には席を勧め、不出来な弟子に茶を淹れさせる。不味いのは我慢してもらおう。
彼は正面から大師を見て驚いた。
前に一度、会ったことがある。
彼の上司である大魔導師と話をしているとき、乱入してきた男だ。
大魔導師とは顔見知りだったらしく、彼はすぐに退去を命じられたが、乱入者には特徴があって覚えていた。
まぶたを一度も開けなかったのだ。
「お声と、お弟子の話から察するに、現大師の側近でいらっしゃいますか?」
向こうも覚えていたようだ。
「はい。一の側を務めさせていただいております」
「そうですか。
……実は今日、お願いがあってまいりました」
「お願い、ですか?」
「一の側にお願いすることではないと思ったのですが、もしよろしければ、許可をいただきたい」
謙虚な人だ。
見た目は若いが、大師の肩書きを持つくらいならば相当歳も取っているだろう。彼と同じかそれ以上に。
大魔導師の側近と大師は同位に値するが、どちらかというと側近のほうが強い。常にそばにいるからかもしれない。
だが大師が乱入してきたとき、何の説明もなく彼は追い出されたのだ。大魔導師がどちらに重きをおいているのかわかる。
それを鼻にもかけない大師に、彼は好意を持った。
「お願いとは、なんでしょうか?」
弟子から茶を受け取りながら彼は尋ねた。
大師は、初めてではないのだろう、不出来な弟子の不味い茶を恐る恐ると飲む。
「わたしはときどき、任務を受けます。ほんのたまにです。
その際だけで構いません。お弟子をわたしの補佐としてお借りしたい」
「………………………………は?」
彼は耳を疑った。
大師というくらいだから自身にも弟子がいるはずだ。
その中からではなく、他人の弟子を補佐に、と……?
彼は不出来な弟子を見た。
頭から足の先まで眺めてみたが、何か特別に素晴らしいところは見つからなかった。
彼は唸った。
「どういった理由でしょうか?
おわかりかとは思いますが、これはそれほど優秀ではありません。身の回りのお世話をさせても大して役に立ちません」
「わたしは身の回りのことは自分でできます」
ただ、と大師は言葉を切った。
少しの、躊躇い。
「実は、わたしはある男に追いかけられています」
「何か、恨みでも?」
いいえ、と大師は首を振る。
苦いため息をついて、大師は言った。
「その男は、わたしに、
恋心を抱いているのです」
目玉が飛び出るかと思った。
彼はまじまじと大師を見た。
若い男だ。自分の先輩と変わらないくらいの。
まぶたを閉じてはいるが、顔は不細工ではない。どちらかと言うと白い肌に小さな鼻のついた、整った顔だ。
体を覆う法衣でわからないが中肉中背。
落ち着いた口調と静かな声。
謙虚な姿勢と、大師という肩書き。
高望みをしない女ならば目をつけるだろう。
だがなぜか、男に目をつけられているという。
なんてことだ。
こんな(見かけだけ)若い身空で男に追い掛け回され、女性との巡り会いも少ない大師の肩書きを持たされるとは……。
彼は涙が出そうになった。
「わかりました。
わたしの弟子たちの中で一番できの悪い子ですが、それでも良いとおっしゃるのなら、お貸ししましょう」
大師は微笑んだ。
「ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、この子にこのような機会を与えていただいて、感謝しております。
これからお世話になるかとは思います。
不出来な面ばかりでしょうが、根気強く叱りつけてやってください」
彼の横で不出来な弟子が悲しい顔をした。
しかたがない。出来が悪いのは本当のことだ。
彼は、相手が盲目だということも忘れて頭を下げた。
「不出来な息子ですが、よろしくお願いいたします」
最悪にできの悪い弟子をもつ男がいる。
そのできの悪い弟子は、あろうことか大師の補佐にと望まれた。
そのわけを聞いた彼は盲目の大師に深く同情に、出来の悪い弟子を貸し出した。
その際、言った台詞がまずかった。
頭を下げたのでなお悪かった。
『息子をよろしくお願いいたします』
まるで息子を嫁……もとい、婿に出すような光景を、別の弟子が扉の向こうで、見聞きしていたのだ。
悪いことにその弟子は最後の部分だけしか見ておらず、同門の者に漏らしてしまった。
なお悪いことにさらに聞いたものが、そういえば出来の悪い弟子が大師を横抱きに抱えて部屋にはいっていく姿を目撃していた。
男と出来の悪い弟子が親子だということ、その息子を婿として差し出したという噂は弟子たちの間にたちまち広まった。
弟子たちはそのことを噂するとき、普段は師匠と呼んでいる男をこう呼んだ。
『親のグイド』。
自分が親と呼ばれていることに気づき、話が湾曲されて広まっていることを男が知るのは、すでに出来の悪い弟子を大師の家に同居させてしまった後だった。
未婚で子どももいないのに親に祭り上げられるとは思いもしていない彼は、不出来な弟子の出世祝いにと、とっておきの酒を出して大師と飲み明かした。
その日のことは、不出来な弟子の婚約が決まった祝日として語られることになる。
横には唸りの原因である弟子が立っている。
背の高い男だ。肩幅も広く、四角い顔は愛嬌もある。
笑えば人懐こさがあって好感が持て、素直で優しく、謙虚な態度が兄弟子たちにも可愛がられる理由だろう。
魔導士としての出来は、彼の弟子の中でも最下位だが。
五年から八年かかるといわれる低位魔導士への道を、弟子は十三年かけてたどり着いた。
素質を持ちながら志半ばで諦めていく者もいるというのに、素質は壊滅的な弟子は諦めなかった。牛歩の歩みよりも遅い成長に腹立たしくて泣いた夜もあっただろうに、諦めることを自分に許さなかった。
位をいただくとき、低位のさらに下段だというのに、泣きに泣いて喜んだ。
兄弟子たちも、不出来な弟のためにと祝いの席を設けたほどの祝日だった。
出来の悪い子ほどかわいいもので、彼は失敗を繰り返す弟子を長い目で見守りつづけた。
低位下段につくまで十三年もかかるとは思わなかったが、大変なのはこれからだ。
今後は、上位のものに仕えながら修行も続けなければならない。上位の姿勢を学びながら、自身の鍛錬を行わなければならない。
良い先輩に巡り会えれば良いだろう。
そうでない場合、くじけて、痛めつけられ、上位の世話をするだけの生涯で終える。
そうなってほしくないと、彼は常々思っていた。
そこにきて、うまい話が舞い込んだ。
大師の肩書きを持つ魔導士の補佐という仕事だった。
彼の先輩からの伝で、おとなしくて従順で、低位のものがいいとの条件に彼は飛びついて弟子を挙げた。
「腕力はあるか?」
先輩は尋ねた。
「は? 力仕事ですか?」
「場合によってはな」
「力はあります。体格もいい」
「頭のほうは?」
「……少々、鈍いですが」
ちょうどいい、と先輩はつぶやいた。
かくして出来の悪い弟子の最初の仕事は、大師の補佐。
その大師は盲目で、仕事の補佐というより身の回りの世話だった。場合によっては大師を抱えあげなければならないとの説明に、彼は納得した。
緊張の面持ちで初仕事に向かう弟子を見送る。
還ってきたとき、おそらく落ち込むだろう。弟子はおそらく怒られてくるだろう。
お茶の一杯さえ満足に淹れられない子なのだ。
慰めるのは苦手な彼だが、話くらいは聞いてやろうと、心待ちにしていた。まるで嫁入りした娘が、もとい、婿入りした息子が里帰りしてくる日を待つ心境で。
半月ほどで、不出来な弟子は還ってきた。
大きなお土産を担いで。
「……それは、何だ?」
彼は不出来な弟子に尋ねた。
「た、大師、です」
不出来な弟子は答えた。
見ればわかる。
その人の肩には大師の印が留められているから。
彼が尋ねたのは、なぜ不出来な弟子が大師を横抱きに抱えて還ってきたのかということだった。
今から結婚するのかおまえたちはと、彼の先輩なら言うだろう。真面目な彼は思いもしない。
大師は不出来な弟子から下りると、まず詫びた。両足を床につけると、少しよろめいた。
「申し訳ない。任務中に足をくじいてしまい、安静をと言われているもので」
彼の部屋は五階にある。足を痛めたものに五階までの階段は確かに大変だ。
彼は納得した。
来客には席を勧め、不出来な弟子に茶を淹れさせる。不味いのは我慢してもらおう。
彼は正面から大師を見て驚いた。
前に一度、会ったことがある。
彼の上司である大魔導師と話をしているとき、乱入してきた男だ。
大魔導師とは顔見知りだったらしく、彼はすぐに退去を命じられたが、乱入者には特徴があって覚えていた。
まぶたを一度も開けなかったのだ。
「お声と、お弟子の話から察するに、現大師の側近でいらっしゃいますか?」
向こうも覚えていたようだ。
「はい。一の側を務めさせていただいております」
「そうですか。
……実は今日、お願いがあってまいりました」
「お願い、ですか?」
「一の側にお願いすることではないと思ったのですが、もしよろしければ、許可をいただきたい」
謙虚な人だ。
見た目は若いが、大師の肩書きを持つくらいならば相当歳も取っているだろう。彼と同じかそれ以上に。
大魔導師の側近と大師は同位に値するが、どちらかというと側近のほうが強い。常にそばにいるからかもしれない。
だが大師が乱入してきたとき、何の説明もなく彼は追い出されたのだ。大魔導師がどちらに重きをおいているのかわかる。
それを鼻にもかけない大師に、彼は好意を持った。
「お願いとは、なんでしょうか?」
弟子から茶を受け取りながら彼は尋ねた。
大師は、初めてではないのだろう、不出来な弟子の不味い茶を恐る恐ると飲む。
「わたしはときどき、任務を受けます。ほんのたまにです。
その際だけで構いません。お弟子をわたしの補佐としてお借りしたい」
「………………………………は?」
彼は耳を疑った。
大師というくらいだから自身にも弟子がいるはずだ。
その中からではなく、他人の弟子を補佐に、と……?
彼は不出来な弟子を見た。
頭から足の先まで眺めてみたが、何か特別に素晴らしいところは見つからなかった。
彼は唸った。
「どういった理由でしょうか?
おわかりかとは思いますが、これはそれほど優秀ではありません。身の回りのお世話をさせても大して役に立ちません」
「わたしは身の回りのことは自分でできます」
ただ、と大師は言葉を切った。
少しの、躊躇い。
「実は、わたしはある男に追いかけられています」
「何か、恨みでも?」
いいえ、と大師は首を振る。
苦いため息をついて、大師は言った。
「その男は、わたしに、
恋心を抱いているのです」
目玉が飛び出るかと思った。
彼はまじまじと大師を見た。
若い男だ。自分の先輩と変わらないくらいの。
まぶたを閉じてはいるが、顔は不細工ではない。どちらかと言うと白い肌に小さな鼻のついた、整った顔だ。
体を覆う法衣でわからないが中肉中背。
落ち着いた口調と静かな声。
謙虚な姿勢と、大師という肩書き。
高望みをしない女ならば目をつけるだろう。
だがなぜか、男に目をつけられているという。
なんてことだ。
こんな(見かけだけ)若い身空で男に追い掛け回され、女性との巡り会いも少ない大師の肩書きを持たされるとは……。
彼は涙が出そうになった。
「わかりました。
わたしの弟子たちの中で一番できの悪い子ですが、それでも良いとおっしゃるのなら、お貸ししましょう」
大師は微笑んだ。
「ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、この子にこのような機会を与えていただいて、感謝しております。
これからお世話になるかとは思います。
不出来な面ばかりでしょうが、根気強く叱りつけてやってください」
彼の横で不出来な弟子が悲しい顔をした。
しかたがない。出来が悪いのは本当のことだ。
彼は、相手が盲目だということも忘れて頭を下げた。
「不出来な息子ですが、よろしくお願いいたします」
最悪にできの悪い弟子をもつ男がいる。
そのできの悪い弟子は、あろうことか大師の補佐にと望まれた。
そのわけを聞いた彼は盲目の大師に深く同情に、出来の悪い弟子を貸し出した。
その際、言った台詞がまずかった。
頭を下げたのでなお悪かった。
『息子をよろしくお願いいたします』
まるで息子を嫁……もとい、婿に出すような光景を、別の弟子が扉の向こうで、見聞きしていたのだ。
悪いことにその弟子は最後の部分だけしか見ておらず、同門の者に漏らしてしまった。
なお悪いことにさらに聞いたものが、そういえば出来の悪い弟子が大師を横抱きに抱えて部屋にはいっていく姿を目撃していた。
男と出来の悪い弟子が親子だということ、その息子を婿として差し出したという噂は弟子たちの間にたちまち広まった。
弟子たちはそのことを噂するとき、普段は師匠と呼んでいる男をこう呼んだ。
『親のグイド』。
自分が親と呼ばれていることに気づき、話が湾曲されて広まっていることを男が知るのは、すでに出来の悪い弟子を大師の家に同居させてしまった後だった。
未婚で子どももいないのに親に祭り上げられるとは思いもしていない彼は、不出来な弟子の出世祝いにと、とっておきの酒を出して大師と飲み明かした。
その日のことは、不出来な弟子の婚約が決まった祝日として語られることになる。