長期の任務から還ってきた彼に、支部長は尋ねた。
「あれを追い出すべきでしょうか?」
珍しく支部長は悩んでいるようだ。
二人のほかは誰もいない面会室だというのに、フードをかぶったまま。
悩みはそこまで深いのだろうか……。
支部長は若くして今の地位についた。それだけの素質と根性と実績がある。
この若い支部長はどんな問題も素早くすっきり片付けるため、周囲は支部長に期待する。
だが支部長はそんな周囲の期待など意に介さず黙々と仕事をこなす。
その姿勢は年配たちにも効果があったようだ。
いつか支部長は本部に呼ばれるだろう。
だが今の姿では呼びに来た使者が還ってしまいそうだ。
「どうされました?」
「セーラのことです」
あぁ、と彼は言った。
「妹さんのことですか」
「妹弟子です」
弟子、の部分がやけに強調された。確かに、実の兄妹だったらまずいことになる。
彼は支部長の相談役として選ばれた。
どんなに有能な魔導士だろうと、一人で考え込んでも解決しないことだってある。そのため、歴代の長たちは相談役を選んできた。
彼は、この若い支部長の迷いのない選択で選ばれた。
あのときは感動したものだ。
誰になさいますか、との問いに、
『では彼を』
一秒も待たず支部長は選んだ。彼を見ていたかどうかすら怪しい選択だった。
相談役となってからは、仕事のことから個人的なことまで相談された。
彼は自分のことを恥ずかしげに話すことはない。あったことは事実のままに伝え、問う。
『わたしはセーラに、欲情しているのでしょうか?』
あまりの率直さに彼はすぐさまうなずいたものだ。
「今のところ子どもたちに被害はありませんが、もっと落ち着いた環境に置くべきかと思いました」
「あなたがそう思われるのなら、本人にそう告げてみてはいかがでしょうか?」
「…………」
「彼女を身近に置いておくべきだとおっしゃったのはあなたですが、あなたがまた新しい良策を思いついたのなら、実行してみても良いかと思います」
「……………………。導師、ご勘弁願います」
支部長は自分の過ちを認めた。
感情に任せて嵐を巻き起こす妹弟子を、監視するという名目で支部長は自分の近くに配属させた。
思惑たっぷりだった。
妹弟子に余計な虫が付かないように監視したいがために手元に引き寄せ、子どもたちの中にいれば虫の発生も少ないだろうと踏んで放り込んだのだ。
彼はなかなか策士だ。
おかげで彼女の周りには思春期前の子どもたちでいっぱい。虫は近寄りがたいと離れていく。
だが今度は、自分が虫になりつつあるのだろう。自分から離したいなどといってきた。
彼は、いまさらだと思った。だが支部長は未だ自分の気持ちを認め難いようだ。
「言われたほうが楽になると思いますよ」
「言えたらどんなに楽になるだろうかと考えました」
「では、言われてみてはいかがですかな?」
「何と?」
「は?」
彼は思わず聞き返した。
「あれに、おまえのことが好きだと告げて、あれが何と反応するでしょうか?」
驚くか、喜ぶか、泣くか、あるいは逃げるだろう。
そして嵐を巻き起こすだろう。
「まさに命がけです」
その心配か、と彼は呆れた。
「恋とは常に命がけです。
専導士セサスが巨漢の恋人と一夜をともにするときも、大師ペイレウクが母の肥満を指摘するときも、役士ギルが美しい召喚師の婚儀の際に愛を告げるときも、命がけだったのです」
例が思いつかず真ん中が違ったような気がするが、親子愛だと思って訂正しないでおいた。
だが支部長は気づかなかったようだ。
「常に、ですか……」
支部長は渋い顔をした。
自分が被害を受けるのは良いだろう。自分がしでかしたことだ。
だが、それによって周囲に被害が及ぶことは避けなければならない。
支部長自ら支部を破壊させるわけにはいかない。
「練習場などいかがでしょうか。多少ものが飛んでも被害は少ないかと思われます」
あとになって、彼は自分の言葉を少しだけ後悔する。
彼自身、その問題の嵐というものを体験したことがなかったため、軽く考えていたのだ。
魔導士だって、恋をする。
そんな彼らの相談役を務めた男を、人々は『恋のモーウ』と呼んだ。
悲しい片思いも、嬉し恥ずかし両思いも、彼は円満につなげていった。
もちろん、恋人同士ののろけも、失恋したときの愚痴だって聞いた。
だが彼は、一度だけ過ちを犯したと言う。
それは冷静で優秀な男が、過激な女性に愛を告げる場所に、百人程度収容可能な練習場をと勧めたことだった。
過激な女性は彼が思う以上に過激で、練習場は半壊したそうだ。
彼は呟く。
『せめて一千人は収容可能な広場をお勧めするべきだった』
翌日には小さな後悔を抱くことになるなど思いもしない彼は、夜になって自室に下がると、支部長の恋の成就祈願にと、二人に似せた縫いぐるみを作り始めた。
そして次の日、その縫いぐるみは仲良く嵐に連れ去られた。
「愛はどこまでも、か……」
騒然とした現場で、彼の呟きなど誰も聞いていなかった。
「あれを追い出すべきでしょうか?」
珍しく支部長は悩んでいるようだ。
二人のほかは誰もいない面会室だというのに、フードをかぶったまま。
悩みはそこまで深いのだろうか……。
支部長は若くして今の地位についた。それだけの素質と根性と実績がある。
この若い支部長はどんな問題も素早くすっきり片付けるため、周囲は支部長に期待する。
だが支部長はそんな周囲の期待など意に介さず黙々と仕事をこなす。
その姿勢は年配たちにも効果があったようだ。
いつか支部長は本部に呼ばれるだろう。
だが今の姿では呼びに来た使者が還ってしまいそうだ。
「どうされました?」
「セーラのことです」
あぁ、と彼は言った。
「妹さんのことですか」
「妹弟子です」
弟子、の部分がやけに強調された。確かに、実の兄妹だったらまずいことになる。
彼は支部長の相談役として選ばれた。
どんなに有能な魔導士だろうと、一人で考え込んでも解決しないことだってある。そのため、歴代の長たちは相談役を選んできた。
彼は、この若い支部長の迷いのない選択で選ばれた。
あのときは感動したものだ。
誰になさいますか、との問いに、
『では彼を』
一秒も待たず支部長は選んだ。彼を見ていたかどうかすら怪しい選択だった。
相談役となってからは、仕事のことから個人的なことまで相談された。
彼は自分のことを恥ずかしげに話すことはない。あったことは事実のままに伝え、問う。
『わたしはセーラに、欲情しているのでしょうか?』
あまりの率直さに彼はすぐさまうなずいたものだ。
「今のところ子どもたちに被害はありませんが、もっと落ち着いた環境に置くべきかと思いました」
「あなたがそう思われるのなら、本人にそう告げてみてはいかがでしょうか?」
「…………」
「彼女を身近に置いておくべきだとおっしゃったのはあなたですが、あなたがまた新しい良策を思いついたのなら、実行してみても良いかと思います」
「……………………。導師、ご勘弁願います」
支部長は自分の過ちを認めた。
感情に任せて嵐を巻き起こす妹弟子を、監視するという名目で支部長は自分の近くに配属させた。
思惑たっぷりだった。
妹弟子に余計な虫が付かないように監視したいがために手元に引き寄せ、子どもたちの中にいれば虫の発生も少ないだろうと踏んで放り込んだのだ。
彼はなかなか策士だ。
おかげで彼女の周りには思春期前の子どもたちでいっぱい。虫は近寄りがたいと離れていく。
だが今度は、自分が虫になりつつあるのだろう。自分から離したいなどといってきた。
彼は、いまさらだと思った。だが支部長は未だ自分の気持ちを認め難いようだ。
「言われたほうが楽になると思いますよ」
「言えたらどんなに楽になるだろうかと考えました」
「では、言われてみてはいかがですかな?」
「何と?」
「は?」
彼は思わず聞き返した。
「あれに、おまえのことが好きだと告げて、あれが何と反応するでしょうか?」
驚くか、喜ぶか、泣くか、あるいは逃げるだろう。
そして嵐を巻き起こすだろう。
「まさに命がけです」
その心配か、と彼は呆れた。
「恋とは常に命がけです。
専導士セサスが巨漢の恋人と一夜をともにするときも、大師ペイレウクが母の肥満を指摘するときも、役士ギルが美しい召喚師の婚儀の際に愛を告げるときも、命がけだったのです」
例が思いつかず真ん中が違ったような気がするが、親子愛だと思って訂正しないでおいた。
だが支部長は気づかなかったようだ。
「常に、ですか……」
支部長は渋い顔をした。
自分が被害を受けるのは良いだろう。自分がしでかしたことだ。
だが、それによって周囲に被害が及ぶことは避けなければならない。
支部長自ら支部を破壊させるわけにはいかない。
「練習場などいかがでしょうか。多少ものが飛んでも被害は少ないかと思われます」
あとになって、彼は自分の言葉を少しだけ後悔する。
彼自身、その問題の嵐というものを体験したことがなかったため、軽く考えていたのだ。
魔導士だって、恋をする。
そんな彼らの相談役を務めた男を、人々は『恋のモーウ』と呼んだ。
悲しい片思いも、嬉し恥ずかし両思いも、彼は円満につなげていった。
もちろん、恋人同士ののろけも、失恋したときの愚痴だって聞いた。
だが彼は、一度だけ過ちを犯したと言う。
それは冷静で優秀な男が、過激な女性に愛を告げる場所に、百人程度収容可能な練習場をと勧めたことだった。
過激な女性は彼が思う以上に過激で、練習場は半壊したそうだ。
彼は呟く。
『せめて一千人は収容可能な広場をお勧めするべきだった』
翌日には小さな後悔を抱くことになるなど思いもしない彼は、夜になって自室に下がると、支部長の恋の成就祈願にと、二人に似せた縫いぐるみを作り始めた。
そして次の日、その縫いぐるみは仲良く嵐に連れ去られた。
「愛はどこまでも、か……」
騒然とした現場で、彼の呟きなど誰も聞いていなかった。