優しい声音が広間に響く。

 法衣を着たフィーは主の手を取り、もう片方の手でそのひたいをなぞる。
「聖皇帝と、若き魔女の子に祝福を」
 レセリアナの手を取り、もう片方の手でそのひたいをなぞる。
「永遠に近いときをともに……」

 誰かが叫んだ。
「聖皇帝に祝福を!」
 また誰かが叫んだ。
「若き魔女の子に祝福を!」
「聖皇帝と共にあらんことを!」
「祝福を!」

 声が重なり、広間が大きく揺れた。
 耳の奥まで歓声が突き刺さる。

 イルスは跪き、主たちに微笑む。
「おめでとうございます、両陛下」



 大広間の一番高いところに若い夫婦が並んでいる。
 その夫は表情が晴れない。妻は笑っている。
「イルス、これはどういうことだ?」
 祝福の使者は法衣を脱ぎ、イルスの知人としてその隣に座っている。
「フィー殿がぜひ務めたいとおっしゃられるので……」
「こんなことは二度とないと思いますから、強引にお願いしてしまいました。

 そもそも陛下、祝福の使者とは知人が務めるものですよ」
「しかしフィー殿、わざわざこのためにおいでいただかなくとも……」
「いえいえ、陛下。友人のためなら世界の反対側からだって飛んできますよ」
「…………」
 主は折れたようだ。
「わざわざおこしいただき、ありがとうございます」



 主たちの婚儀が終わり、その後片付けも一段楽したころ。
 イルスは婚約者と二人で老人の部屋にいた。
 観客は一人。祝辞も一人分。
 薬臭い部屋で、窓から漂うバラの匂いだけが飾りの婚儀。

 レセリアナから贈られた青いヴェールをかぶった新婦はいつもよりおとなしく、主からいただいたローブをまとった新郎はいつになく緊張していた。
 しわがれた声が紡ぐ祝辞、戒め。誓いの言葉が結ばれる。
 新婦の手を取り、その震える小さな手に微笑んだイルスは、薄紅色の頬に口付けた。

「後悔しない?」
「しているさ」
「…………」
 イエラの瞳が暗く俯く。
「君を忘れていた年月があることを、わたしはいつまでも後悔するだろう」
 イルスは庭に出て、一輪のバラに目を留める。薄く花開きかけている。

 そっと指で手折る。鋭いトゲを取り除く。
 窓辺に立つイエラのもとに戻り、その髪に咲きかけのバラを差す。
「過去は後悔するものだ。
 そして未来は、期待するもの。

 イエラ。君といつまでも、未来を見よう」
 震える声が返る。
「そばに、いるわ。……最後の瞬間まで」