獲物に突っ込まれた騎獣はそのまま許婚を巻き込んで倒れ、盗賊の頭を振り落とした。
盗賊たちは乱れた。
護衛たちは立ち上がり、嗄れた喉から雄叫びを上げた。
重い腕に剣を取り、砂を蹴り上げて敵に向かった。
剣が折れると敵の武器を取り、腕を負傷すれば脚で戦った。
護衛すべき人を取り戻さなければならなかった。
混戦となった中央から彼女を取り戻し、ただひたすら走った。
連れて行かなければならなかった。
許婚の下に。
その許婚を。
損傷は激しく、よく見なければ彼女とはわからなかった。
何年も会っていなかったし、彼女はずいぶん大人びていて、よく見なければならなかった。
その頬に触れて、唇をなぞってみた。
わがままも、文句も言わない唇。
イルスを見上げる強い瞳はまぶたに隠されたまま、指先も冷たくなっていた。
『イエラ?』
わがままも、文句も言わない。
おとなしい彼女なんて、イルスは知らなかった。知らなくていいと思った。
知りたくなかった。
なのに、彼女は、教えてくれた。
イルスの目の前に横たわって、冷たくなれば何も言わなくなるのだと。
その亡骸が静かに答えてくれた。
「若はそのあと、イエラ様の敵討ちにと、護衛を引き連れて盗賊の討伐に出られました。
あの広い砂漠から、たった一隊の盗賊を見つけ、殲滅されました。
その後は里に戻られ、まるで抜け殻のように……」
老人が目頭を拭った。
「盗賊討伐の功績が陛下のお耳に入り、ぜひ手元に置きたいとのお言葉をいただきました。
ですが若は、十三人もの使者を追い返してしまわれた。あまりに無礼だとの声が上がり、処罰の話まで出てしまいました」
それは知らなかった。
そのときイルスの頭の中には許婚のことしかなかった。遠い皇都のことなど考えもしなかった。
「イエラ様は若を案じられ、魂だけのお姿でわたしの前においでになりました。
お話をお聞きしたわたしは、すぐに宰相様にご進言に上がりました。
お優しい宰相様は納得していただき、陛下へ事情を説明してくださいました。そして自ら、若の説得に里に向かわれました」
里に宰相がきたのは覚えている。オアシスのそばで宰相補佐の地位をいただいたのだから。
いろいろなことを話したような気がするが、最初は宰相の話すら耳に届いていなかった。今ではそんなこと、恐ろしくてできない。
「なぜ、わたしは……そのまえのことを忘れている?」
「イエラ様のご希望でした。そうでもしなければ、若は里からお戻りにならないだろうと」
「なぜ、わたしに話さなかった」
「お話すれば、若はまた、イエラ様のことだけに気を取られ、すべてを捨てておしまいになったでしょう」
「なぜ…………。
イエラ、なぜ、死んだ」
寝台の向こうの彼女が両手で顔を隠した。
盗賊たちは乱れた。
護衛たちは立ち上がり、嗄れた喉から雄叫びを上げた。
重い腕に剣を取り、砂を蹴り上げて敵に向かった。
剣が折れると敵の武器を取り、腕を負傷すれば脚で戦った。
護衛すべき人を取り戻さなければならなかった。
混戦となった中央から彼女を取り戻し、ただひたすら走った。
連れて行かなければならなかった。
許婚の下に。
その許婚を。
損傷は激しく、よく見なければ彼女とはわからなかった。
何年も会っていなかったし、彼女はずいぶん大人びていて、よく見なければならなかった。
その頬に触れて、唇をなぞってみた。
わがままも、文句も言わない唇。
イルスを見上げる強い瞳はまぶたに隠されたまま、指先も冷たくなっていた。
『イエラ?』
わがままも、文句も言わない。
おとなしい彼女なんて、イルスは知らなかった。知らなくていいと思った。
知りたくなかった。
なのに、彼女は、教えてくれた。
イルスの目の前に横たわって、冷たくなれば何も言わなくなるのだと。
その亡骸が静かに答えてくれた。
「若はそのあと、イエラ様の敵討ちにと、護衛を引き連れて盗賊の討伐に出られました。
あの広い砂漠から、たった一隊の盗賊を見つけ、殲滅されました。
その後は里に戻られ、まるで抜け殻のように……」
老人が目頭を拭った。
「盗賊討伐の功績が陛下のお耳に入り、ぜひ手元に置きたいとのお言葉をいただきました。
ですが若は、十三人もの使者を追い返してしまわれた。あまりに無礼だとの声が上がり、処罰の話まで出てしまいました」
それは知らなかった。
そのときイルスの頭の中には許婚のことしかなかった。遠い皇都のことなど考えもしなかった。
「イエラ様は若を案じられ、魂だけのお姿でわたしの前においでになりました。
お話をお聞きしたわたしは、すぐに宰相様にご進言に上がりました。
お優しい宰相様は納得していただき、陛下へ事情を説明してくださいました。そして自ら、若の説得に里に向かわれました」
里に宰相がきたのは覚えている。オアシスのそばで宰相補佐の地位をいただいたのだから。
いろいろなことを話したような気がするが、最初は宰相の話すら耳に届いていなかった。今ではそんなこと、恐ろしくてできない。
「なぜ、わたしは……そのまえのことを忘れている?」
「イエラ様のご希望でした。そうでもしなければ、若は里からお戻りにならないだろうと」
「なぜ、わたしに話さなかった」
「お話すれば、若はまた、イエラ様のことだけに気を取られ、すべてを捨てておしまいになったでしょう」
「なぜ…………。
イエラ、なぜ、死んだ」
寝台の向こうの彼女が両手で顔を隠した。