「若。若は、〈水守〉の里に、何年いらしたでしょうか?」
「〈水守〉の、里? ……半年だ」
「半年。そうですか。
 本当に若は、里に半年だけ、おられましたか? 長老と何度か新年を迎えられませんでしたかのう?」
 そう言われて、イルスは記憶を辿ってみる。

「……………………あ」
 長老と四度、年を越した。何度も祭りを見た。
「なぜ? わたしは……?」
「若。心静かに、昔を思い出されよ」
 老人の言葉にイルスは目を閉じ、不安に鳴る胸を押さえた。

 なぜこんなに早く鼓動が鳴るのだろう。壊れてしまいそうだ。
 壊れてしまえば死んでしまうのに。
 ……彼女のように。



 従妹が許婚になったと聞いたのは、〈水守〉の里でだった。
 使者は父の手紙をイルスにわたし、さっそく返事をいただきたいと急かした。
 何を書いていいのかわからない。とりあえず、承りましたと返事した。

 男が十五歳で成人するように、女も十五歳で一人前とされる。生まれ育った町を出ることができる。
 大人となった彼女が最初にしたことは、許婚に会いに行くことだった。

 許婚が来ることは、〈水守〉の里にいたイルスは先触れから知らせを受けていた。
 皇都から里まで、女性の足でもひと月半あれば行き着ける。だが、いつまで経っても、許婚は来なかった。

 さすがのイルスも心配になった。
 いくら気丈な従妹であろうと女性だ。途中で動けなくなっているかもしれないと、迎えに行こうと準備を始めた。
 その背に向かい、彼女を護衛してくるはずだった男が跪いた。

『イエラ様が……』



「……………………あ」
 熱いものが頬を焼いた。

 目を開け、その熱い滴を手のひらに受け止める。涙はすでに冷たく、イルスの手を冷やした。
「イエ、ラ……」
「……………………」
 彼女は答えない。
 沈黙が痛い。
 胸を突き刺すような鋭さでイルスの心臓を貫こうとする。

「……イエ、ラ……」



『お……お亡くなりに、なりました』



 途中、盗賊に教われた許婚一行は、荷物のすべてと引き換えに、人質となった許婚を交換しようとした。
 荷物を受け取った盗賊は一時撤退した。
 食糧を失い、戦闘と熱さに身動きができなくなった護衛たち。励ます許婚も喉を嗄らしていた。
 そこに、盗賊が戻ってきた。

 絶望に、誰かがうめいた。

 彼女は言った。
『逃げなさい。わたしは足手まといだから』
 彼女の普段からの威勢は虚勢ではない。
 細い足で砂を蹴り、先頭を走る盗賊の頭の騎獣に頭から突っ込んだ。