「レセリアナをどう扱ってよいのかわからない。だから、しばらく待て」
「…………はい」
 百年か、それはあまりにも長くて確かにわからなくなるのは当然だと、イルスは承諾した。
 そして、自宅に帰って怒られた。

「バカ!!」
 婚約者は花瓶を投げてきた。
 イルスの頭ほどもある大きさのそれがあたれば大惨事になるなど、彼女の想定にはないようだ。
 執事が体を張って部屋に侍女たちを入れないように立ちふさがっている。
 あの細い体でかわいそうに。

「パーシィク、忘れたの?」
「何をだ?」
「約束したはずよ。婚約者の次は妻だって!」
「そう、だな」
 そういえばそんな約束をしたような気がする。
「来年には妻と呼んでといったはずよ!!」
 婚約者は泣き出した。

 驚いたのはイルスだ。
 従兄のいたずらで頭部から大出血したイルスの顔を見て泣いて以来、久しぶりの泣き顔だ。
「イエラ、イエラ、悪かった。わたしが悪かった、イエラ。そんなに泣かないでくれ」
 婚約者は泣きながら花瓶やら額縁やら、果ては飾りの剣や簪まで投げつけてきた。
 それらを避けながらイルスは謝罪を口にし、徐々に婚約者に近づく。

 徐々に近づいて、腕を伸ばせば触れる距離で止まる。
 婚約者の姿を頭から足元まで見る。

「……イエラ?」
「なによ!」
「どうして……?」
「なによ!」
「す…………」
 それ以上は言えなかった。
 イルスがあまりに凝視するので、彼女も異変に気づいて自分の姿を見下ろした。
「…………あ…………………………………………」

 向こうの文机が見える。その上の筆立てすら見える。
 蜃気楼のように、ぼんやりと。
 婚約者の体を透かして、向こう側が見えていた。

 婚約者は透けていた。

 泣きそうな顔がイスルを見上げる。
「……………………や…………」
「イエ、ラ?」
 触れようとイルスが手を伸ばす。婚約者はいやいやと首を振って後退する。
 イルスが一歩近づけば二歩下がる。

「お願い……」
「イエラ?」
 婚約者の姿がさらに薄くなる。
「……パーシィクお願い」
「どう……して?」
「パーシィク。……どう、しさま、に…………」
 ふらっ、と揺れて婚約者が消えた。



 混乱する頭を抱えたままイスルが急いで向かった先は、主の部屋だった。
 真っ青な顔をしていたのだろう。主の最初の一言は気遣いの言葉だった。
「座りなさい」
「いいえ、陛下。ことは急を要します。
 どうぞお願いです。魔導士様に会わせてください」
「どうした?」
 イルスはうめいた。

「お願いです、陛下」