かわいそうなのはイルスの護衛たちだった。
 急な遠出にも関わらず忠実に主について走り、到着して一息ついたかと思ったら、
「出発だ」

 無情な主とはイルスのことを言うのかもしれない。
 本人は気づいていないが。

 そして最後尾に後ろ髪を引かれるスティードを置き、イルスたちは〈水守〉の里を後にした。
 後に残されたのは、突然現れた美しい人に心奪われてしまった人たちだった。
 本人は気づいていないが。



「わたしは、十二歳で兄に引き取られました。
 大きくてキレイなお城、キレイな服、たくさんの世話役たち……兄は、わたしに与えられるすべてを与えようとしたのかもしれません。
 わたしが自分から離れられないようにしたかったのかもしれません」

 深夜、冷えすぎた空気を吸い込まないよう、イルスたちは口を布で覆っていた寝ていた。
 昼間の暑さに体は疲れていた。だが、頭の芯が眠らせてくれない。
 隣で寝ていたはずのレセリアナと視線が合った。

 彼女は、ポツリと呟いた。
 恋は、恐ろしいものだと思っていました───。

「護衛がついて回る以外、わたしはあてがわれた屋敷を自由に動けました。
 見習いの騎士が一人いて、スオンと言いました。遠い国から海を渡ってきたそうです。
 屋敷は高い塀に囲まれていて、門には必ず門兵がいました。わたしはここからは、兄の命令なくして出られないのだとわかりました」

「しばらくすると、護衛たちは、わたしは屋敷から逃げ出さないだろうと安心して、屋敷内ではスオン一人に任せるようになりました。
 スオンはわたしより六歳年上でしたが、それでも年が近いほうでした。聖女様が亡くなって、スティードとも会えなくなっていたので、最初は兄のように思いました。

 わたしは子どもで、屋敷はとても広くて、退屈はしませんでした。スオンと二人で屋敷を歩き回りました。
 何の気兼ねもなく、彼と話せるようになるのはすぐでした」
 レセリアナは遠くを見た。

「あれは…………兄の、何かの祝いの席でした。
 屋敷から城へ向かう途中、髪飾りがひとつ外れて、それに気づいたスオンが、届けに来てくれました。
 正装した姿で、彼と話すのは初めてでした。お互い、少し恥ずかしかったようです。

 髪飾りを、髪に差してくれました。
 広間から外に出て、すぐそばの木の近くでした。中から見えないように、隠れていました。

 髪飾りを差した手で、彼が、わたしの手を、握ってくれました。
 びっくりして、顔を上げたら、頬に、口付けてくれました。

 ほんの一瞬でした。でも、お互い、何があったのか、ちゃんと、わかっていました。
 恥ずかしくて、目もあわせられずに、いました。
 手だけは、しっかりと握り合っていました。



 声がして、手を離してしまいました。
 すぐにわたしたちに気づいて、その人は、スオンだけを連れて行きました。

 手を、離さずにいるべきでした。
 彼とは、それから、もう、二度と、会えませんでした」

 深いため息。
 砂の奥底にあるという地下空洞に落ちてしまいそうなほど重い息。

「わたしが見つめてよいのは、兄だけでした」