「閣下ぁ!?」
「スティード、レセリアナはどこだ?」
 宮廷を出発して半月以上が経った。こんなに早いのは新記録だ。

 途中で食糧と衣服を調達し、馬から短馬と呼ばれる足が短く太い馬に替えた。
 道程中、短馬は三度も替えた。

 〈水守〉の里は相変わらず賑やかで、イルスを知る里人たちが手を振ってくる。短馬はすぐに子どもたちが囲んだ。
 どこかの部族が二・三組、水を汲みに来ているようだ。イルスを珍しそうに見る。なぜか老婆が胸を押さえて倒れこんだ。
 発作だろうか。
 お大事に。

 懐かしい酒飲み仲間を見つけた途端、ため息が出た。
 里の女たちに混ざって洗濯物を踏んでいたスティードに言いたいことはあったが、とりあえず本命を尋ねた。
「あー……長老の、ところだと思います」
「あとでおまえも来い」
「…………はい」

 長老の天幕に近づくと笑い声が聞こえた。
 布戸に向かって声をかけると長老の声がする。戸をくぐって中にはいると、レセリアナもいた。
「閣下、お出ましでしたかいな」
「……閣下」
「お久しぶりです、長老」
 イルスはレセリアナの隣に腰を下ろし、長老の杖に額をつけてあいさつした。

「久しぶりだな、レセリアナ」
「お久しぶりです、閣下」
 レセリアナは少し痩せたようだ。砂漠の暑さにまだ慣れきれていないのだろう。でも瞳は以前より生き生きとしている。

「元気そうで何よりだ」
「預かりものは大切にするだや」
 長老の声に、イスルは笑う。
「信頼しております、長老。
 今日は彼女に大切な話があって参りました。しばらく良いでしょうか?」
「良いさ。レセレセ、行ってやりぃや」
 はい、とレセリアナはうなずいた。

 レセレセ、とはおそらく長老がつけたのだろう。
 昔、高貴な生まれの女性は、同じ音を二回繰り返した名で呼ばれていた。
 砂漠では生まれの貴卑は問わない。ただ、〈水守〉はダーナ家とのつながりもあり、ところどころで礼儀を見せてくれた。



「慣れたか?」
「暑くて、夜はまだ寝つきが悪いです」
「夕暮れに眠って、朝早く起きるといい」
 オアシスの北側の少し小高いに、二人して座った。
 この場所はオアシスを挟んだ向こう側からまるみえだが、遠くて声は聞こえない。ここに座ってする話は大事なことだと誰もがわかっているから、近づこうとしない。
 物珍しげな視線だけが送られてくる。

「閣下はどれくらい、この里にいらしたのですか?」
「四年だ。三年目に宰相補佐を任じられた。ここで」
 イルスは指で地面を指差した。
「ここで?」
 レセリアナは目を丸くした。

 帝国の宰相補佐がこんな砂漠の真ん中で誕生したなど、本人だって驚きだ。
 けれど宰相は確かに、主の名のもと、イルスをここで補佐に任じた。あのとき戴いた錫状の重さは、今でもこの手に残っている。