「でもレセリアナ様は、サース国のお姫様といえど愛妾の子。対して陛下は聖皇帝でいらっしゃるわ。
本人たちがよくても、周りはそうはいかないでしょうね。陛下の正室の座を狙ってる子は大勢いるもの。他国からもね。
陛下はそのあたりはおわかりでしょうし、自分から言えばレセリアナ様が断れないと思われているんじゃないかしら」
「なぜ?」
「聖皇帝から望まれるのよ? 断る理由がどこにあるの?」
国の最高者の望みは命令に値する。あの主が、命令で人を縛り付けたいなどとは思わないだろう。
「…………なるほど」
「陛下の恋は前途多難よ。応援してあげてね!」
「…………。そうだな」
イルスは明るい未来のためにうなずくしかなかった。
主とレセリアナ。
どうも結びつかない。
考えれば考えるほど首を傾げすぎて、今朝から首が痛いイルスの手は、薔薇さえ傾けて活けた。
慌てて直したが、今度は反対に傾いた。
「…………」
これはこれでいいか、とそのままにする。
イルスの結婚してください宣言から半月経つが、主に変化はない。相も変わらず山と詰まれた見合いの絵姿に頑として手をつけようとしない。
宰相も懲りずに、どこからこれだけの女性を見つけてくるのだろうか。
「なぁ、じい。じいは、陛下のお若いころは知っているか?」
正確な年を聞いたことはないが、老人は百の齢を超えているはずだ。
「お若いころですか。そうですな……」
うーん、と老人は細い首をかしげる。
「物静かで、めったに声を荒げることのない方でした。
剣術に優れておられましたが、のちのちは神官長でございましたので、当時の将軍は嘆いておられました」
「陛下は剣術に優れていらっしゃるのか?」
初耳だ。
「えぇ、それはもう。陛下が聖剣を振るわれるお姿は、目を奪われるものでした」
老人のうっとりとした表情に、見たことのないイルスは羨ましいと思った。
現在、主は帯剣していない。式典など、特別なときを除いては。
常に護衛の騎士がついている上に、聖皇帝の命を狙おうとする輩がいないからだ。
百年前は皇帝であろうと神官であろうと帯剣していたというから、今がどれだけ平和な時代であるかがわかる。
「陛下の……亡くなった奥方様のことは、知っているか?」
「……そう、ですな…………」
老人は深いため息をついた。
「慎ましい、方でした。お笑いになるとまだ少女のようで、ときおり、芯の強さが見られました」
「善い方だったか?」
「はい。陛下からの離縁のお話を、じっと耳を澄ませてお聞きだったそうです。
陛下はそのころから、自分が年を取らなくなっていることにお気づきでした。それに悩んでおられることを、奥方様もご存知でした。
子ができないからというのは、表向きの理由でございました。
本当は、奥方様と年を重ねていくことができないことに、陛下は耐え切れなかったのでございましょう」
そうか、としかイルスは言えなかった。
主はこれからどれだけ生き続けるのかわからない。おそらく本人もわからない。
長い長い時間のうち、ほんのひと時しか愛するものといられない。
確かにそれは辛いだろう。
けれど、だからといって、長い時間のすべてを一人で過ごすのは、あまりにも寂しすぎる。長すぎる生だからこそ、ほんのひと時でもいいから癒されたいと、イスルなら思う。
「…………。じい」
「はい、若」
「しばらく出かける」
「は?」
「留守は頼む」
「若?」
目を丸くする老人をそのままに、イルスは部屋を出た。
「馬を引け!」
慌ててついてくる護衛を振り切り、イルスは砂漠を目指した。
本人たちがよくても、周りはそうはいかないでしょうね。陛下の正室の座を狙ってる子は大勢いるもの。他国からもね。
陛下はそのあたりはおわかりでしょうし、自分から言えばレセリアナ様が断れないと思われているんじゃないかしら」
「なぜ?」
「聖皇帝から望まれるのよ? 断る理由がどこにあるの?」
国の最高者の望みは命令に値する。あの主が、命令で人を縛り付けたいなどとは思わないだろう。
「…………なるほど」
「陛下の恋は前途多難よ。応援してあげてね!」
「…………。そうだな」
イルスは明るい未来のためにうなずくしかなかった。
主とレセリアナ。
どうも結びつかない。
考えれば考えるほど首を傾げすぎて、今朝から首が痛いイルスの手は、薔薇さえ傾けて活けた。
慌てて直したが、今度は反対に傾いた。
「…………」
これはこれでいいか、とそのままにする。
イルスの結婚してください宣言から半月経つが、主に変化はない。相も変わらず山と詰まれた見合いの絵姿に頑として手をつけようとしない。
宰相も懲りずに、どこからこれだけの女性を見つけてくるのだろうか。
「なぁ、じい。じいは、陛下のお若いころは知っているか?」
正確な年を聞いたことはないが、老人は百の齢を超えているはずだ。
「お若いころですか。そうですな……」
うーん、と老人は細い首をかしげる。
「物静かで、めったに声を荒げることのない方でした。
剣術に優れておられましたが、のちのちは神官長でございましたので、当時の将軍は嘆いておられました」
「陛下は剣術に優れていらっしゃるのか?」
初耳だ。
「えぇ、それはもう。陛下が聖剣を振るわれるお姿は、目を奪われるものでした」
老人のうっとりとした表情に、見たことのないイルスは羨ましいと思った。
現在、主は帯剣していない。式典など、特別なときを除いては。
常に護衛の騎士がついている上に、聖皇帝の命を狙おうとする輩がいないからだ。
百年前は皇帝であろうと神官であろうと帯剣していたというから、今がどれだけ平和な時代であるかがわかる。
「陛下の……亡くなった奥方様のことは、知っているか?」
「……そう、ですな…………」
老人は深いため息をついた。
「慎ましい、方でした。お笑いになるとまだ少女のようで、ときおり、芯の強さが見られました」
「善い方だったか?」
「はい。陛下からの離縁のお話を、じっと耳を澄ませてお聞きだったそうです。
陛下はそのころから、自分が年を取らなくなっていることにお気づきでした。それに悩んでおられることを、奥方様もご存知でした。
子ができないからというのは、表向きの理由でございました。
本当は、奥方様と年を重ねていくことができないことに、陛下は耐え切れなかったのでございましょう」
そうか、としかイルスは言えなかった。
主はこれからどれだけ生き続けるのかわからない。おそらく本人もわからない。
長い長い時間のうち、ほんのひと時しか愛するものといられない。
確かにそれは辛いだろう。
けれど、だからといって、長い時間のすべてを一人で過ごすのは、あまりにも寂しすぎる。長すぎる生だからこそ、ほんのひと時でもいいから癒されたいと、イスルなら思う。
「…………。じい」
「はい、若」
「しばらく出かける」
「は?」
「留守は頼む」
「若?」
目を丸くする老人をそのままに、イルスは部屋を出た。
「馬を引け!」
慌ててついてくる護衛を振り切り、イルスは砂漠を目指した。