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 ばたーん、と宰相が倒れた。続いて、留まりはしたが泡を吹いた書記官が倒れた。
 騎士たちは皆同様に口をあんぐりと開け、目玉が飛び出しそうにまぶたを開いている。

「…………………………おまえとか?」
「いいえチガイマス!!」

 イルスは慌てて言い直す。
「どうぞ陛下、お願いです。
 好い方を見つけてください。
 わたしの婚約者は、わたしが日がな一日陛下のことしか口にしないことを不安に思っております。
 陛下が好い方と結ばれ、陛下とわたしとの時間が少しだけでも短くなり、陛下とわたしとの距離が少しでも開くことを望んでいるのです。

 このような願いを口にすることは、それだけで不敬だとわかっております。わたし自らが自粛するべきことだとわかっております。
 ですが……ですが、どうぞ、お願いです!」

 静かで幸せな家庭を築かせてください!

「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
 せっかく起き上がった宰相がまたばたーんと倒れた。もう起き上がれそうにない。
 一人、騎士のあごが外れた。

「イルス」
「は、はい!」
「少しだけ、時間をくれるか?」
「へ?」
 主はイルスに背を向け、窓を向いた。
 表情が見えない。だから、平坦な声だけではその心情がわからなかった。
 ただ首を切られないのだと安心し、同時に、なぜか胸に引っ掛かりを覚えた。
 主の背中はとても寂しそうだった。



「どうしてわからないの?」
「君にはわかるのか?」
 当然よ、と婚約者はうなずく。

 夕食後に露台でお茶を飲むのが日課になっていた。朝の遅い婚約者と会うのが夜だけだからだ。
 仕事が終わればそうそうに帰り、会食もこのところ断っている。婚約したばかりだからといえば誰も不思議に思わない。

 一緒に夕食をとり、お茶を飲む。
 そのあいだにいろいろな会話をする。今日のこと、昔のこと、これからのこと。半分はまだ主のことだが、ずいぶん減ったように思う。

「わたしね、レセリアナ様とお昼の約束をしたことがあったの。
 レセリアナ様は剣術のお稽古をしていらしたわ。わたしは三階の席から観覧していたの。
 ちょうどそのとき、陛下が特別席にいらしたの。
 じっと見ていらしたわ。
 熱烈にね」
「ね、熱烈に?」
 あの無表情で無口な主が、熱烈!?

「たぶんレセリアナ様に好意をもたれてるわ。
 いいえきっと愛していらっしゃるはず!」

 女の勘とは恐ろしい。
 イルスは婚約者の熱意に蹴られないよう、否定しないでおいた。