イルスは慌てて手を放した。
 従妹の腕は赤く手形がついていた。
「……すまない」
「熱烈でいらっしゃること!」
 従妹はおかんむりだ。
 当然か。

「何なんですの、いったい?」
「話がある。昨夜のことだ」
「いま?」
 従妹は眉を寄せた。
「……閣下、わたくしからの手紙はご覧いただけたのかしら?」
「…………てがみ?」

 そういえば今朝、執事から手紙を一通、受け取ったような気がする。
 その前に従妹の突然の帰宅を聞いていて呆然とし、誰からの手紙なのか聞いたような聞かなかったような気がする。

「……君、から……?」
「そう。わたしからですわ!
 閣下。よくお聞きください。

 もうすぐ父の八二歳の誕生日ですの。
 わたしったらすっかり忘れていましたの。
 父は私のいない祝いの席など出ないと駄々をこねますので、急なことですけど帰らせていただきます。
 お返事はあとでお聞きしますわ。
 どうせあなたのことですから、お返事はもっともっともーっとあとになるのでしょうから、ちょうどよかったですわね!」

 という内容の手紙だったらしい。
 ちょうどよかったなんてどういうことだと問い詰めたいが、そんな立場に今はない。

「わ……悪かった。
 まだ読んでいなかった」
「お別れの手紙とでもお思いになられたのかしら、閣下ったら!」
 いいや手紙どころではなかったと言いたい。



「急用でしたらお聞きしますわ」
 従妹は両手を腰に当て、ふんぞり返った。
 対してイルスは広い背中を曲げる。
「昨夜の、返事をしたい」
「…………。どうぞ」
 一瞬まゆを吊り上げたが、従妹はどうやら耐えてくれた。

「君の申し出は受けられない」
「……………………」
 従妹の瞳が揺れる。
「改めて、わたしから君に言いたい」
 従妹の足元にひざまずき、小さな手を両手で包む。

 細い指だ。
 今にも折れてしまいそうなくらい。
 この指でイルスの家紋旗を作ってくれたのだ。
 今でもその旗は屋敷の玄関から入ってすぐ、控え室から扉一枚隔てた居間の、見上げた正面に飾られている。
 生涯それが、イルスの屋敷を飾る。



「結婚しよう、イザイェラ」



 従妹は黙って、子どものような瞳でうなずいた。