「あなたはいつも陛下、陛下。
 寝ても陛下、起きても陛下。家でも陛下、お城でも陛下。
 陛下のことばかり。

 さすがにわたしも不安になるわ。
 だから彼と結婚したの。
 適当な愛に慣れてしまおうと思って」

 イルスは何もいえず従妹を見ている。
 まだ彼女の言葉が頭に馴染んでこない。
 この展開はどこに行き着くのだろう。

 先の見えない不安に喉が渇いた。
 水を飲もうとしたが唇が乾いて張り付き、入り口を見つけられない水があごを伝った。
 慌てて手で拭う。

 従妹はふふ、と笑ってグラスを傾ける。
 琥珀色の液体が半分、消えた。

「あなたの妻になって寂しい思いをするより、あなたから貰う愛が少しでも満足するように、慣れてしまいたかったの。
 でもね。女ってバカよ、パーシィク。
 思い込んだらね、叶うまで想い続けるの。

 あなたの一番でありたいの」

 彼女の瞳はよく見ると赤みを帯びている。
 暗闇に潜む情熱の赤。
 その身に流れる血の色をさらけ出すような赤。


「パーシィク。
 あなたの気持ちは今どこにあるの?
 わたし?
 陛下?
 それともレセリアナ?」

「……いと……イザイェラ」
「待たないわよ。
 もうじゅうぶん待たせてもらったわ」
「…………」

 暗赤色の瞳に射抜かれ、イルスは深い深いため息をついた。
「イエラ、また明日」
 返事も聞かず、イルスは逃げるように席を立った。





「爺、大変だ」
「目の下に隈が! それは大変でございました……」
 確かに今朝の侍女たちはものすごいものだった。
 イルスの顔を見たとたん、眼の下の隈だけではなく、肌荒れと髪の痛みに嘆き悲しみ自分の髪をかきむしって悶えた。
 朝から大騒動だった。

「そうじゃない。
 昨日な、従妹殿に求婚されてしまったような気がするのだ」
「ほほぉ」
 うんうん、と老人はうなずいた。

「それでな、混乱したわたしは、とりあえず一晩待ってもらうことにした。
 そして今朝だ」
「おめでとうございます!」
「いや待て」
「はて?」

 イルスはひとつ、咳払いした。
「従妹殿は、帰ってしまった」