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「だ、誰だ?」
いきなり男がやってきた。
知らない男だ。
朝一番から勧誘だろうか、なんて熱心な若者だ。
「……きたねぇ」
「……っ」
確かにまだ髭どころか顔も洗っていない。
でも初対面の男に玄関先で朝一番に言われる筋合いはない。
「メシ、まだ?」
「は?」
男は勝手に家に上がりこんだ。
台所にはいって冷蔵庫と戸棚を物色しだす。
……新手の空き巣か?
いや、家主が在宅してるんだから空き巣じゃないな、と自分で冷静に突っ込んだ。
男は水を入れた鍋に煮干しを放り込み火にかける。
塩ワカメを水にさらし、ジャガイモと薄揚げを切る。水揚げしたワカメをざくざくと気持ちよく切る。
沸騰直前の鍋をコンロから下ろし、中身をペーパーで漉す。きれいになった液体を鍋に戻し、ジャガイモをいれて火にかけ、沸騰させる。
アジの開きをグリルレンジに入れる。
ほうれん草をラップに包んでレンジにかける。取り出してすぐに冷水に晒し、水を切って小指の長さに切る。鰹節と醤油とごま油をいれて軽く混ぜ、入り胡麻を降りかける。
沸騰した鍋に薄揚げを入れ、火が通ると味噌を溶かす。ワカメと駒切れにした豆腐を入れて火を止め、蓋をする。
焼きあがったアジを皿に乗せ、隣にほうれん草のおひたしをそえる。
ほら、と男が言った。
「座れ」
言われて椅子に座ると、日本の香りがした。
真っ白なご飯。
たっぷりと葱のはいった味噌汁。
アジの開きとほうれん草のおひたし。
「食えよ」
呆然と見ていたら、男が言った。
「あ、はい」
味噌汁を飲んで、美味いと思った。食道に味噌が染み込んでいくようだ。
アジの開きの端っこのカリカリした部分も香ばしい。
炊き立ての米なんて何日ぶりだろう。
向かい側の席に男が座った。
オレよりいくつか若い男だ。
「おまえ、誰?」
「便利屋」
「べんりや?」
「あんたの奥さんから、依頼受けてたわけ」
「さよ、から……?」
名前を言っただけなのに、涙が出そうになった。
「泣くなよ」
「ち、違う。味噌汁だ」
「……………………。あ、そう」
目から味噌汁なんて、バカだ、オレ。
「あんたの奥さんがさ、亡くなる前に、うちに依頼してたわけよ。
自分が死んだら、あんたに一日だけメシ作って食わせてやってよ、って」
「え………………」
「しかも、あんたの誕生日に、毎年」
「……まいとし…………?」
妻が死んだのは先々月。
四十九日が終わって、妻の実家から帰ってきたのが先週。
妻は体が弱くて、出会った八年前から入退院の繰り返しだった。
渋る彼女がやっと婚約指輪を受け取ってくれて、彼女の病室で結婚した。
お互いの両親、担当医と看護士さんと、わらわらと集まった入院患者の皆さんとその見舞い客に祝福してもらった。
ブーケを受け取ったのは隣の病室のトメさん(七九歳)だった。
結婚して一年目。
妻は入院した。またすぐに退院できると思っていた。
『ごめんね』
『やっぱりごめんね』
と涙目で言う妻に、
『何でもない』
『気にすんなって』
明るく返事をし続けてひと月。
妻は死んだ。
「自分はいつ死ぬかわからない。
でも、旦那さんだっていつ死ぬかわからない。
だから、あんたに新しい恋人ができるまで、毎年一日だけ、メシ作って食わせてやってくれって」
オレは味噌汁を飲みながら、椀に涙をこぼしていった。
少しずつ味噌汁が塩辛くなる。
いいねぇ、と男が呟いた。
「あんた、愛されてるね」
オレはアジの開きにかぶりつきながら、何度もうなずいた。
愛されただけじゃなくて。
愛されているって。
新しい恋人なんていつできるかわからないけど、もしかしたら死ぬまで俺は愛されるんだと。
幸せで涙が止まらなかった。
ほい、と出掛けに手渡されたのは弁当だった。
「………………」
「メシには梅干しでハート描いといたから」
そこまでしてくれなんて、妻が言ったのだろうか。
いや聞くまい。
複雑な気分でオレは愛妻弁当(代理)を受け取った。
「だ、誰だ?」
いきなり男がやってきた。
知らない男だ。
朝一番から勧誘だろうか、なんて熱心な若者だ。
「……きたねぇ」
「……っ」
確かにまだ髭どころか顔も洗っていない。
でも初対面の男に玄関先で朝一番に言われる筋合いはない。
「メシ、まだ?」
「は?」
男は勝手に家に上がりこんだ。
台所にはいって冷蔵庫と戸棚を物色しだす。
……新手の空き巣か?
いや、家主が在宅してるんだから空き巣じゃないな、と自分で冷静に突っ込んだ。
男は水を入れた鍋に煮干しを放り込み火にかける。
塩ワカメを水にさらし、ジャガイモと薄揚げを切る。水揚げしたワカメをざくざくと気持ちよく切る。
沸騰直前の鍋をコンロから下ろし、中身をペーパーで漉す。きれいになった液体を鍋に戻し、ジャガイモをいれて火にかけ、沸騰させる。
アジの開きをグリルレンジに入れる。
ほうれん草をラップに包んでレンジにかける。取り出してすぐに冷水に晒し、水を切って小指の長さに切る。鰹節と醤油とごま油をいれて軽く混ぜ、入り胡麻を降りかける。
沸騰した鍋に薄揚げを入れ、火が通ると味噌を溶かす。ワカメと駒切れにした豆腐を入れて火を止め、蓋をする。
焼きあがったアジを皿に乗せ、隣にほうれん草のおひたしをそえる。
ほら、と男が言った。
「座れ」
言われて椅子に座ると、日本の香りがした。
真っ白なご飯。
たっぷりと葱のはいった味噌汁。
アジの開きとほうれん草のおひたし。
「食えよ」
呆然と見ていたら、男が言った。
「あ、はい」
味噌汁を飲んで、美味いと思った。食道に味噌が染み込んでいくようだ。
アジの開きの端っこのカリカリした部分も香ばしい。
炊き立ての米なんて何日ぶりだろう。
向かい側の席に男が座った。
オレよりいくつか若い男だ。
「おまえ、誰?」
「便利屋」
「べんりや?」
「あんたの奥さんから、依頼受けてたわけ」
「さよ、から……?」
名前を言っただけなのに、涙が出そうになった。
「泣くなよ」
「ち、違う。味噌汁だ」
「……………………。あ、そう」
目から味噌汁なんて、バカだ、オレ。
「あんたの奥さんがさ、亡くなる前に、うちに依頼してたわけよ。
自分が死んだら、あんたに一日だけメシ作って食わせてやってよ、って」
「え………………」
「しかも、あんたの誕生日に、毎年」
「……まいとし…………?」
妻が死んだのは先々月。
四十九日が終わって、妻の実家から帰ってきたのが先週。
妻は体が弱くて、出会った八年前から入退院の繰り返しだった。
渋る彼女がやっと婚約指輪を受け取ってくれて、彼女の病室で結婚した。
お互いの両親、担当医と看護士さんと、わらわらと集まった入院患者の皆さんとその見舞い客に祝福してもらった。
ブーケを受け取ったのは隣の病室のトメさん(七九歳)だった。
結婚して一年目。
妻は入院した。またすぐに退院できると思っていた。
『ごめんね』
『やっぱりごめんね』
と涙目で言う妻に、
『何でもない』
『気にすんなって』
明るく返事をし続けてひと月。
妻は死んだ。
「自分はいつ死ぬかわからない。
でも、旦那さんだっていつ死ぬかわからない。
だから、あんたに新しい恋人ができるまで、毎年一日だけ、メシ作って食わせてやってくれって」
オレは味噌汁を飲みながら、椀に涙をこぼしていった。
少しずつ味噌汁が塩辛くなる。
いいねぇ、と男が呟いた。
「あんた、愛されてるね」
オレはアジの開きにかぶりつきながら、何度もうなずいた。
愛されただけじゃなくて。
愛されているって。
新しい恋人なんていつできるかわからないけど、もしかしたら死ぬまで俺は愛されるんだと。
幸せで涙が止まらなかった。
ほい、と出掛けに手渡されたのは弁当だった。
「………………」
「メシには梅干しでハート描いといたから」
そこまでしてくれなんて、妻が言ったのだろうか。
いや聞くまい。
複雑な気分でオレは愛妻弁当(代理)を受け取った。