ときおり、名指しで依頼を受けることはあった。
 短期間で、移動先が近隣ならば請けた。

 今回は断った。
 期間は設けられていなかったし、かなり遠距離だった。
 しかも依頼主は子どもだった。

「依頼主はボンボンなので、お金はたくさんありますよ」
 ムカついた。
 だったら軍隊でも雇えと言いたい。

 仲介人も子どもだった。
 寮のおかみさんが大騒ぎするくらいきれいな顔だった。
 仲間が寄って集って男か女か鑑定したが、どう見ても胸がない。ペタンとしている。
 体も細くて、よくも一人でここまで来れたものだと思った。

「途中までは連れがいたので。お腹が痛いといって帰りましたけど」
 呆れた。
 便所に住みやがれ。



「オレは請けない」
 四人部屋から仲間を締め出して、子どもと二人になった。
 周囲がうるさいと話が進まない。

「依頼書にはあなたの名前が書かれています。僕の役目はこの依頼書に従い、完遂することです。
 あなたが承諾しない限り、僕は仕事を果たせません」
 子どもはにっこり笑っていった。

 女の子の笑う顔じゃなかった。
 腹黒い男が本心を隠した顔だ。



 子どもは呼んだ。
 昼間の白い陽射しのあたらない部屋の中央に立って。
「ラヴァスト・ジフリー」
 引っ張られるように振り返る。
「もう一度だけ言います。この依頼を請けなさい」

 知らずに生唾を飲み込む。
「若い身空で胃痛なんて、イヤでしょう?」
 どういう脅しだよ。

 けれど脅しは効いた。
 言葉にではなく、その笑みに。

 薄暗い微笑み。
 絶対の自信。

 敵わない、と本心が囁いた。





 依頼書の請負人欄には「アスト」と書かれてあった。
 ここ何年か、名前を聞かれたときに答えていたものと同じだ。

「ジフリーなんて、よくも調べたな」
「ジフリー家は有名ですから」
「バカ息子とアホ息子と放蕩息子が?」
「あと家出娘と」
「…………」
 やっぱり姉ちゃん帰らなかったのかと、心の中で母に詫びた。

 古い石畳の続く道を荷馬車がごとごとと音を立てて走る。
 背に大荷物を抱えた老夫婦。農耕馬に子供を乗せた父親。
 犬と数頭のヤギを連れた子どもたち。腰に黒い布を巻いた魔法使い。

 一番見かけるのは農夫と魔法使い。
 この大陸の半分は森が占め、残りのさらに半分は田畑が広がっている。
 大魔導師の直轄領が近いとあって国同士の諍いもない。

 世界的に有名で、おそらく世界で一番平和な土地だ。



 依頼書に目は通した。
 自分を名指しするには畑違いな内容だとアストは思った。
 だが報酬が破格だ。しばらく仕事を休めそうなくらい。

「こういうのは、頭のいい魔法使いに任せるもんだろ」
「あなたの頭が悪いなんて口に出して言いませんから、大丈夫ですよ」
 かわいくない。
 顔がどんなにかわいかろうと、かわいくない。

「頭のほうは僕が何とかしましょう。あなたは僕の護衛でもしていていください」
 なら最初から護衛を依頼しろ。

「あなたのことですから、子どもの護衛なんて子守みたいでイヤだと言ったでしょうね」
「…………」
 大丈夫ですよ。僕これでも二一ですから」
「え?」
 十四・五歳くらいにしか見えない。

「それに、子どもが一人で国境を越えるのは、このあたりでは禁じられているはずです」
 そうだ。十六歳以下のみの入出国は禁止だ。
 迂闊だった。



「完了までの資金は僕が支払います。これを前金とさせていただきます。
 完遂時には前金と同額をお支払いします」
「なら特上の宿に泊まり続けてやろうか?」
「いいですよ。あなたがそれだけの働きをしてくださるなら」
 子どもはにっこりと笑って言った。

「依頼人への報告も、僕がお供しますね」
「は? それはおまえの仕事だろ」
「書いてありますよ」
 ほら、と指差されたところを見る。
 確かに書面には、経過から結果までを、請負人が口頭報告しなければならないと書かれていた。
 気づかなかった……。

「あぁ、そうだ」
 子どもは立ち止まった。
 振り返ると、手を差し出される。
「これからしばらくよろしく、ラヴァスト」
「アストさんだ」
「では、アスト」
 呼び捨てかよ。
 
「僕はレアフ」
 子どもが笑う。
 にっこりと、腹黒さを隠して。

「仲良くしましょうね」
 絶対イヤだ。
 アストは寒気がして、口にはできなかった。