「な………………………………」
 開いた口がふさがらない。

 上を見上げたせいだけではないはずだ。
 なぜならば、子どもも登らないだろう木の枝に、生き物がいた。

 猿ではない。蝶でも鳥でもない。
 人間が。

「フォスター!」

 アルフレッドの叫びは庭中に響いた。
「やかましい」
 何をしているこの野良猫、と叫ぼうとして、一言で押さえつけられる。

 使者として役目を果たし、帰還の途についたはずのヤツは、寝そべっていた木の枝から飛び降り、空いていた席に腰をおろした。当然のように。
「な……なぜ座る」
「椅子は座るためにある」
「なぜおまえがここにいる!」
「俺がここにいるからだ」
「…………っ」

 哲学的な屁理屈だ。



 姉の笑い声がして、アルフレッドの前に湯気を立てる茶器が置かれる。

 薄桃色のお茶はおそらく薔薇茶だ。
 姉はそれを売った利益で、先の大戦で孤児となった子どもたちのために施設を創った。次は何を創るのだろう。



 ヤツはお茶を一口飲み、うなずいた。
 姉は嬉しそうに微笑む。
 まるで恋人たちのひと時に、無粋な弟が侵入してきたようだ。

 いや。二人を二人っきりにするわけにはいかない。
 婚期は過ぎたとはいえ、貴族子弟からの姉への求婚は絶えない。王姉としての姉の地位は歳経るほどに、容姿とともに輝かんばかりだ。

 アルフレッドの名声が高まるたびに。
 末弟の事業が上手くいくたびに。
 その後ろで支えてくれる人の重みは増していく。

 もしかすると姉は、だからこそ夫を迎えないのかもしれない。
 夫にかまけなければいけない時間と労力を、すべて弟たちに与えようとしてくれているのかもしれない。

 そして大きくなりすぎた国の姫君の婚姻が、どれだけ周囲を動かすか、賢い姉は知っているのだ。



「それで、話というのは何なの?」
「あぁ。これを預かっていた」
 ヤツは懐からなにやら取り出し、姉弟に見せた。

 それは、朝顔の家紋が施された指輪。
 アルフレッドの指にも大きな家紋指輪が嵌められている。二つの紋様はそれぞれ違うが、明らかにそれは……

「おじ、うえ……」

 王公爵家の家紋指輪。

 震える細い指先が、大きな手のひらに乗るものに触れようとした。だが熱いものに触れたように弾かれる。
 姉はまだ、叔父が死んだことを受け入れきれていない。

「なぜここにある? どうしておまえが持っている!?」
「よく見ろ。ウィルの家紋じゃない」
 言われてよく観察すると、王公爵家の家紋の蔓が柵に絡まっている。