「久しぶりだな、泣き虫コリィ」
「きさまぁ!」
 男は顔を真っ赤にさせ、机があることも忘れて突進した。
 しかし大きな樫の樹の机が王のためにと避けてくれるわけがない。したたかに腿を打った。
「……くぅ…………っ」

 慌てて騎士たちが主を取り囲み、使者の周囲にいた騎士は剣を抜いた。それでも使者は平然と男を見ている。

「きっ、貴様が、なぜ……!?」
「それは聞くな。聞くだけバカげている。
 いいから、貸せ、コリィ」
「い、イヤだ!」
 それは幼児がイヤだイヤだというのと同じだった。

「それならフレッダに頼む」
「ま、待てぇ!」
 姉は美しいものをこよなく愛する人だ。厳つい顔の最愛の弟と、素性の知れない美しい使者のどっちを取るかといわれれば真剣に悩むだろう。



「ひとつだけ、答えろ、フォスター」
「何だ?」
「なぜ、シ、シュワルド国に手を貸している?」
 騎士に支えられながらも男は訊ねた。

「コリィ。おまえの耳も飾りか出っ張りか? 聞くなと言っただろう」
「答えろ!」

 使者はひとつ、ため息をついた。
「国に手を貸しているわけじゃない」
「なにぃ!」
 だったら何をしに来たんだおまえは、帰れ、という言葉を飲み込む。

「姉に頼まれんたんだ」
「…………なに?」
「友人を助けてほしいと、姉に頼まれた」
「……そ、そ、れ…………っ………………」

 それだけのためなのか?───男は言い継ぐことができなかった。生卵を殻ごと丸呑みした顔になる。



 そうだった。
 目の前にいる生き物は、兄弟のためならなんでもやってしまうのだ。

 いきなり「兄貴が風邪を引いた」と言って前線離脱し、男を奈落に突き落としたことだってある。
 その結果、男は幼いながらも指揮官としての素質があると認められたが、あの日はまさに地獄だった。涙と鼻水をどれだけ飲み込んだだろうか。

 帰ってきても、ヤツは「散々だった」などといって寝てしまった。散々だったのはこっちのほうだと言っても聞きはしない。
 男は正真正銘の独り立ちに眠れずにいたのに!

 たとえ国王がひざまずいて頼んだとしても聞き入れてくれないだろうに、身内には大空のように寛大で、大海原のように寛容な生き物なのだ。



「フレッダは薔薇園か?」
 答えも聞かず、使者が背を向ける。
 男はそれを止めた。

「い……いくら、必要だ?」
「人の話は聞け。国境を埋め尽くすていどだ」
「な…………なぜ?」

 ふっ、と使者が笑った。
 悔しいことに、どきりとしてしまうくらい美しい笑みだ。血は争えない。
「たまには外に出ろ、コリィ」