「彼が差し出した手を、彼女は取らなかったそうです。
 ……怖かったのでしょうね」

「なぜ? ようやく、陛下が」
「怖かったのです。復讐のためだけに生きる自分を、誰かが支えてくれることが。
 これ以上の惨劇を引き伸ばすことが。

 彼女もわかっていたのです。
 国を混乱させることが王の成すことではないと。
 民を嘆かせることが王の成すことではないと。

 知っていて、誰も止めもしなかった。
 ただ怯え、粛々と従った。

 だから彼が現れたとき、彼女は安心したのでしょう。
 すべてを終わりにできると。

 彼女は───……」

「え?」
 声が小さすぎた。

「浄火されました。


 聖剣で。


 そのとき彼が手にしていた正義の剣で」




「手に……して、いた……?」

 イルスが凝視するのは少年だった。
 墓所を見上げ、沈黙する人。

 大きな空色の瞳がイルスを見る。
 その瞳のずっと奥では、もっと多くの真実が蠢いているようだった。


「聖剣を、受け取らないでください」
「え?」
「彼は自分が、聖剣で人を殺めたことを悔やんでいます。
 でも、それで救われた人がどれだけいることでしょうか。

 大勢のために一人が犠牲になることもあるでしょう。
 けれどその一人も、死ぬことによって救われたのなら、犠牲者などいません。



 ダーナ卿。
 あなたの主殿は多くの人を救いました。
 それをご本人にも、いつか教えてあげてください」

 フィーの微笑みは柔らかで、多くの不安を包み込んで消してくれるようだった。

「許されざる者が、誰かに愛されることなどありません」

 白い衣。金色の髪。
 羽を生やして今にも飛んでいきそうな姿だった。

 けれどフィーは別れの言葉を言って、小さく何をか呟いて消えていった。
 まるで風が泡を抱き潰すように。