昔。
樹上の女神は人間たちと別れる際、一枝を人間たちに与えました。
『この枝が生きている間、人間の世界は長い平穏に包まれるだろう』
人間は三度目にして『枝』なるものの、本当の意味に気づきはじめた。
たとえそれがたった一人であろうと、進歩には違いない。
第一歩目候補である少女は、行きずりの三人組に連れられ、苦しい道程を歩いていた。
まさに牛歩の歩みで。
先日受けた傷は深く、その数は手を施すことをためらわせるほどだった。
手を出すことを禁じられた乙女は、ただ見ていることしかできない自分を歯がゆく思った。
「助けられないのなら、あのままにしておけばよかったのよ」
三人組の一人が言った。
乙女の胸がツキンと痛んだ。
「できるだけのことはしたわ。
なぶり殺されるより、わたしたちで看取ってあげましょう」
三人組の別の一人が言った。
その女の言葉どおり、傷つき過ぎた少女はこのままでは助からない。
白い顔に薄紫色の唇が毒々しく乗っている。
乙女の手はおもわず伸ばした自分の手を掴んでいた。
ぎゅっと握り締めた手も、掴まれた腕も胸も痛んだ。
少女の微かな呼吸はやがて止まり、三人の言葉と思考を奪い去った。
乙女は少女の魂が、同胞たちの手によって吸い取られ、光の河に浮かぶ草舟に乗せられるのを見た。
その手元は優しく、魂は一片の傷も付かなかった。
舟はゆらゆらと揺れながら光の河を昇って行った。
「死んでほしいなんて……だれも、思っていないのに」
三人組の一人がじわじわと迫る痛みを抱えるように背を曲げた。
「あなたの誕生とともにひとつの世界が始まり」
その男は少女の頬から砂埃を拭う。
「あなたの成長とともに生命は躍動し」
冷たくなっていく少女の両手を組ませてその腹に乗せる。
男の手は震えているうえに力がはいらず、時間がかかった。
「あなたの死とともに次なる光を灯そう」
腫れ上がった少女のひたいに口づけた男は、足下の砂をひとすくいした。
指の隙間からこぼれ落ちる砂。
少女の爪のない爪先が消える。
さらさら、と。
男の指の隙間から砂がこぼれる。
少女の脚は荒野に消えた。
風が少女であったものをさらって行く。
男の指の隙間から砂がこぼれる。
つぶされた指に触れようとした男の手は空を切る。
男の指の隙間から砂がこぼれる。
一度手放したものは戻らない。
亡くした命は還えらない。
男の手にあった砂も、少女の命も、三人の涙も荒野に消えた。
「お帰りなさい。
母なるものの胞へ」
樹上の女神は人間たちと別れる際、一枝を人間たちに与えました。
『この枝が生きている間、人間の世界は長い平穏に包まれるだろう』
人間は三度目にして『枝』なるものの、本当の意味に気づきはじめた。
たとえそれがたった一人であろうと、進歩には違いない。
第一歩目候補である少女は、行きずりの三人組に連れられ、苦しい道程を歩いていた。
まさに牛歩の歩みで。
先日受けた傷は深く、その数は手を施すことをためらわせるほどだった。
手を出すことを禁じられた乙女は、ただ見ていることしかできない自分を歯がゆく思った。
「助けられないのなら、あのままにしておけばよかったのよ」
三人組の一人が言った。
乙女の胸がツキンと痛んだ。
「できるだけのことはしたわ。
なぶり殺されるより、わたしたちで看取ってあげましょう」
三人組の別の一人が言った。
その女の言葉どおり、傷つき過ぎた少女はこのままでは助からない。
白い顔に薄紫色の唇が毒々しく乗っている。
乙女の手はおもわず伸ばした自分の手を掴んでいた。
ぎゅっと握り締めた手も、掴まれた腕も胸も痛んだ。
少女の微かな呼吸はやがて止まり、三人の言葉と思考を奪い去った。
乙女は少女の魂が、同胞たちの手によって吸い取られ、光の河に浮かぶ草舟に乗せられるのを見た。
その手元は優しく、魂は一片の傷も付かなかった。
舟はゆらゆらと揺れながら光の河を昇って行った。
「死んでほしいなんて……だれも、思っていないのに」
三人組の一人がじわじわと迫る痛みを抱えるように背を曲げた。
「あなたの誕生とともにひとつの世界が始まり」
その男は少女の頬から砂埃を拭う。
「あなたの成長とともに生命は躍動し」
冷たくなっていく少女の両手を組ませてその腹に乗せる。
男の手は震えているうえに力がはいらず、時間がかかった。
「あなたの死とともに次なる光を灯そう」
腫れ上がった少女のひたいに口づけた男は、足下の砂をひとすくいした。
指の隙間からこぼれ落ちる砂。
少女の爪のない爪先が消える。
さらさら、と。
男の指の隙間から砂がこぼれる。
少女の脚は荒野に消えた。
風が少女であったものをさらって行く。
男の指の隙間から砂がこぼれる。
つぶされた指に触れようとした男の手は空を切る。
男の指の隙間から砂がこぼれる。
一度手放したものは戻らない。
亡くした命は還えらない。
男の手にあった砂も、少女の命も、三人の涙も荒野に消えた。
「お帰りなさい。
母なるものの胞へ」