「なぁ。
 人間死んだらマジそれまでなんだよな。


 ばあちゃんが死んだ時に思ったんだ。
 人間死んだらそれまでだって。

 後も先もないんだって。

 明日食おうって取ってたプリンも食えないし、来週発売のゲームもできない。
 まだ一回も着てないジャケットも着らんないし、この靴このまえ買ったばっかでさ」





 隣りのサトシがブツブツとうるさい。

 あと少しでいけるのに。

 あとほんの少し強い風が吹けば。
 あとほんの少し疲れたら。

 足はコンクリートから飛び立ち空を駆けるのに。



「でそんとき、ばあちゃんがさぁ、オレに言うわけよ」

「うるさい」
「はぁあ?」
「うるさい。黙れ」
「まぁ聞けって」
「黙れ」
「聞けよ」
「黙れ」
「聞けって」
「黙れ黙れ、うるさい黙れ」

「聞いてからいけよ」

「うる……さい」
「黙るから聞いてからいけ」


 サトシの珍しい真剣な声。
 喉を掴まれるような低い声。



「ばあちゃんが言ったんだ」


  えぇかサトシ。
  おめぇは頭は弱ぇが、
  ばあちゃんの話はわかる。
  ばあちゃんの話がわかるなら、
  えぇかサトシ
  ツヨシの手ぇ離すんじゃねぇぞ。



  わかるじゃろ?
  おめぇはバカじゃが
  ばあちゃんの言いたいことがわかる。

  ツヨシはわかんねぇ。
  ばあちゃんの言いたいこともわかんねぇ。

  ツヨシはあんまり利口過ぎて、
  だぁれの話もおかしくなる。


  えぇかサトシ。

  ツヨシの手ぇは
  離すんじゃねぇぞ。




 がしっと何かに捕まって体が揺れる。
 待ち構えていたのか風が空に向かって吹く。


 翔ぶ――……





 一瞬の錯覚。

 体は予定のコンクリートには向かっていない。
 片手はしっかりとサトシの手が掴んでいる。

 視線が重なる。
 痛いほどするどい視線が突き刺さる。



「おまえが落ちればオレも落ちる」



 サトシの口はそれ以上しゃべらず、次第に降りてきた太陽が熟れる様を目を細めて見ていた。



 太陽の赤は血よりも薄い。
 血は太陽よりも熱くはない。

 ―――はずなのに、なぜだろう。
 鮮やかなはずの夕陽色はドス黒く冷ややかに見えた。

 手から伝わるものが熱過ぎて、瞬きするたび閃光が走った。





 星を二つ数えたとき、サトシが手を引いた。
「寒い。
 中はいろ」


 返事をする間もなく手を引かれてフェンスから降りる。
 予定のコンクリートから遠ざかって行く。





 背後で星が瞬いたような気がした。


 それはばあちゃんの声だったのかもしれない。
 サトシの手がピクリと震えたから。