昔。
 人間たちが住む地上から去る間際、樹上の女神は一枝を人間に与えました。

『この枝を持った子が生きている間、人間の世界は長い平穏に包まれるだろう』


 最初の枝の人間が死んで二度目の枝が現れるまでの間、人間は崇めるものを失いました。

 困り果てた人間たちは、最初の枝の人間の姿を真似て像を作り、崇めました。
 二度目の枝の人間が産まれてから死ぬまでその像は忘れ去られました。


 三度目の人間が産まれるには長い時間がかかりました。

 人間たちは忘れていた像を持ち出し崇めました。
 枝の人間が産まれるようにと。

 次の枝の人間を。
 崇める人間を。

 早く。
 早く。
 早く。

 産まれろ―――。



 誕生を心待ちにされた三度目の人間はヤタナと名付けられる前に神殿に迎えられた。





 ヤタナは産まれて一度も土を踏んだことがない。
 大地から空を見上げたことがない。


 ヤタナは川で泳いだことがない。
 木陰で昼寝をしたことがない。

 猫の喉を撫でたことがない。
 犬に吠えかかられたことがない。


 ヤタナはいつも一人でいる。
 ヤタナはいつも監視されている。



「ケオ」
「撫で撫でしたい」

 ヤタナの神子の証しである角を撫でるのがわたしの趣味。

 極刑ものの行為をヤタナは恐れている。
 用もなく現われる護衛という名の監視に見つかりはしないかと不安な顔をする。


「ここ」
 わたしはヤタナの眉間を指差す。
 ヤタナはのけ反る。

「シワ、寄ってる」
「誰のせいだ」
「心配性なヤタナのせい」

 黙り込んだヤタナの眉間のシワが深くなる。
 わたしは眉間をじっと見つめた。



 ヤタナは見つめられたことがなかった。

 わたしは勿体ないと思った。
 こんなにきれいな顔を見ないで下がるなんて考えられない。

 だから見つめた。
 ヤタナの顔色が変わるくらい。
 ヤタナがわたしに話しかけるまで。


 わたしはヤタナの最初の人。
 ヤタナを見つめた最初の人。


 神子に触れようとした最初の罪人。


 わたしは大罪人と呼ばれようと、神子のヤタナに触れたいと思う愚者。

「……ケオ?」