雨の日は憂鬱だ。
井藤は雨の日が嫌いだ。
雨が降るというだけですべてが嫌になる。
姉に玉子焼きを取られたことも。
母に靴下を投げつけられたことも。
愛猫ロシアンティーヌに靴を舐め尽くされたことも。
父の弁当(梅干が五つも入っている)を間違って持って来てしまったことも。
良くあることのすべてが嫌なことに思える。
極めつけに、うっかり妹の傘を持って来てしまった井藤は身も心もぐっしょりと湿っていた。
なんで黒地にでかでかと花柄の傘なんだ。
(畳んであったらわからないじゃないか)
花柄はどうしてピンク色なんだ。
(蛍光色は余計に目立つからやめてくれ)
そんな日傘は捨ててしまえ!
雨が染み込んで来て役に立たないじゃないか!
井藤は自分の過失を断じて認めたくなかった。
悲しくなるから。
できることなら雨の日は、部屋で一人、縫いぐるみのト〇ロと戯れていたい。
両手で抱きしめて離したくない。
あぁト〇ロ。
どうしておまえはト〇ロなんだ。
どうしてこんなにブサ愛くるしいんだ。
あぁト〇ロ。
ト〇ロ、ト〇ロ……。
「……うっ!」
妄想に走っていた井藤は迂闊にも、本日最大の敵に遭遇した。
不自然なミカン箱。
明らかにモノをいれて置きましたというように道端に放置されている伊予柑箱。
井藤よ来いと言わんばかりに待ち構えている。
箱のくせに名指しするな。
せめて「さん」を付けろ。
「くっ。
こんなところで出やがって!」
小学生から大学生までが行き来する通学路なのに!
これはいかん、と井藤は箱とは反対側の道端に寄る。
空は雨雲が敷き詰められ、あたりは薄暗い。
まだ夕暮れも早い時間だというのに外灯が点いた。
外灯の足下にはミカン箱。
絶妙な演出によって不気味さが増した。
今にも何かか這い上がって来てのっそりと顔を覗かせそうだ。
あぁ恐ろしい!
井藤は忍び足で前へ進む。
雨に濡れた道で足音を鳴らさずに歩くのは至難の技だ。
しかし微かな物音にすら反応するやつらに気付かれるわけにはいかない。
見つかったが最後、どんなことになるか……。
あまりにリアルな想像をしてしまった井藤の手から黒い日傘がポロリと落ちる。
結果、ぱしゃんと音がする。
「……!」
ゴソゴソとくぐもった物音。
やつが!
やつがやって来るぅ!
ピンと立てられた耳。
雨に濡れてた縞模様の体毛。
ギョロリと覗く巨大な眼が井藤を捕らえた!
心臓がギュッと音を立てて縮み上がる。
逃げたい。
できることならば脱兎の如く逃げ出したい。
裸足で韋駄天走りしてもいい。
サ〇エさんなんかに負けるものか!
しかし、まばたきもできない。
浅い呼吸を繰り返すしかない。
やつはピンク色の鼻先を持ち上げ、三角の刃が並んだ口をあんぐりと開けた。
井藤は目も離せなかった。
なぁ~ん
ずぶ濡れの子猫は切なげに鳴いた。
「うわああぁぁ!」
井藤は吠えた。
堪らず走りだし、両手を前に出す。
優しく優しく子猫を抱き上げた。
「なんて美人さんなんだおまえは!」
井藤に頬擦りされて身をくねらせる子猫。
遊んでもらってうれしいのか、迷惑しているのかわからない。
そして、子猫に夢中になっていた井藤にさらなる不幸が走り寄る。
キキィ…
タイヤの擦れる音に気付いた井藤は恐る恐る振り返る。
「…………」
「…………」
「…………」
「て……てっちゃん……?」
久しぶりだな従兄弟よ!と明るく応対して逃げる余裕もなかった。
従兄弟の神崎は異世界に迷い込んだイノシシの勢いで自転車を走らせ去って行った。
かわいそうに。
猫嫌いには信じられない光景だったに違いない。
こんなにかわいい生き物が嫌いだなんて、従兄弟はかわいそうだと井藤は憐れんだ。
井藤は雨の日が嫌いだ。
雨が降るというだけですべてが嫌になる。
姉に玉子焼きを取られたことも。
母に靴下を投げつけられたことも。
愛猫ロシアンティーヌに靴を舐め尽くされたことも。
父の弁当(梅干が五つも入っている)を間違って持って来てしまったことも。
良くあることのすべてが嫌なことに思える。
極めつけに、うっかり妹の傘を持って来てしまった井藤は身も心もぐっしょりと湿っていた。
なんで黒地にでかでかと花柄の傘なんだ。
(畳んであったらわからないじゃないか)
花柄はどうしてピンク色なんだ。
(蛍光色は余計に目立つからやめてくれ)
そんな日傘は捨ててしまえ!
雨が染み込んで来て役に立たないじゃないか!
井藤は自分の過失を断じて認めたくなかった。
悲しくなるから。
できることなら雨の日は、部屋で一人、縫いぐるみのト〇ロと戯れていたい。
両手で抱きしめて離したくない。
あぁト〇ロ。
どうしておまえはト〇ロなんだ。
どうしてこんなにブサ愛くるしいんだ。
あぁト〇ロ。
ト〇ロ、ト〇ロ……。
「……うっ!」
妄想に走っていた井藤は迂闊にも、本日最大の敵に遭遇した。
不自然なミカン箱。
明らかにモノをいれて置きましたというように道端に放置されている伊予柑箱。
井藤よ来いと言わんばかりに待ち構えている。
箱のくせに名指しするな。
せめて「さん」を付けろ。
「くっ。
こんなところで出やがって!」
小学生から大学生までが行き来する通学路なのに!
これはいかん、と井藤は箱とは反対側の道端に寄る。
空は雨雲が敷き詰められ、あたりは薄暗い。
まだ夕暮れも早い時間だというのに外灯が点いた。
外灯の足下にはミカン箱。
絶妙な演出によって不気味さが増した。
今にも何かか這い上がって来てのっそりと顔を覗かせそうだ。
あぁ恐ろしい!
井藤は忍び足で前へ進む。
雨に濡れた道で足音を鳴らさずに歩くのは至難の技だ。
しかし微かな物音にすら反応するやつらに気付かれるわけにはいかない。
見つかったが最後、どんなことになるか……。
あまりにリアルな想像をしてしまった井藤の手から黒い日傘がポロリと落ちる。
結果、ぱしゃんと音がする。
「……!」
ゴソゴソとくぐもった物音。
やつが!
やつがやって来るぅ!
ピンと立てられた耳。
雨に濡れてた縞模様の体毛。
ギョロリと覗く巨大な眼が井藤を捕らえた!
心臓がギュッと音を立てて縮み上がる。
逃げたい。
できることならば脱兎の如く逃げ出したい。
裸足で韋駄天走りしてもいい。
サ〇エさんなんかに負けるものか!
しかし、まばたきもできない。
浅い呼吸を繰り返すしかない。
やつはピンク色の鼻先を持ち上げ、三角の刃が並んだ口をあんぐりと開けた。
井藤は目も離せなかった。
なぁ~ん
ずぶ濡れの子猫は切なげに鳴いた。
「うわああぁぁ!」
井藤は吠えた。
堪らず走りだし、両手を前に出す。
優しく優しく子猫を抱き上げた。
「なんて美人さんなんだおまえは!」
井藤に頬擦りされて身をくねらせる子猫。
遊んでもらってうれしいのか、迷惑しているのかわからない。
そして、子猫に夢中になっていた井藤にさらなる不幸が走り寄る。
キキィ…
タイヤの擦れる音に気付いた井藤は恐る恐る振り返る。
「…………」
「…………」
「…………」
「て……てっちゃん……?」
久しぶりだな従兄弟よ!と明るく応対して逃げる余裕もなかった。
従兄弟の神崎は異世界に迷い込んだイノシシの勢いで自転車を走らせ去って行った。
かわいそうに。
猫嫌いには信じられない光景だったに違いない。
こんなにかわいい生き物が嫌いだなんて、従兄弟はかわいそうだと井藤は憐れんだ。