レセリアナが砂漠行きを承諾したことを報告すると、老人はいつになく首を折った。
「じい……?」

「若。お許しください。
 この年寄りは、姫様を……先王陛下をお止めできなかったばかりか、これまでのうのうと生きてまいりました。
 手早く死を選んではならないと言う、義父の言葉が胸にこびり付いているのでございます。人を助く者はあがいて生きよと……」

 亡き女皇の側付きの目の奥は澄んでいた。
 そのもっと奥で、百余年前の悲劇が何度繰り返されたのだろう。夢でうなされなどしなかっただろうか。
 何度も涙を流しただろう。枯れ果てて、これほどまでに小さくなったのだろうか。

「じいは、砂漠で誰に出会った?」
「ほ? このじいめの初恋をお聞きになりますか?」
 老人はいつものように笑う。
「参考に聞きたい。
 わたしもそろそろ、考えなければならないから」





「年貢の納め時、ってやつですね」
 野菜の酢漬けを飲み込んでからスティードは言った。
 スティードが作ったという酒のつまみは意外に美味しい。

「何だそれは」
「ずっと東の言葉です。押しかけ女房が来たら観念することを言うんだそうです」
 まだ誰も来ていないが……。

「まず相手が必要だな」
「閣下なら選り取りみどりじゃないですか」
「……あの孔雀のような集団が?」
 スティードは賢明にも無言だった。

 神官長は飾りだとしても、イルスはゆくゆく宰相になる。
 その妻となれば、着飾ることにだけ時間と労力と財産を使う女性ではいけない。教養があり、慎み深くなければ。

「ところで、おまえは故郷に誰かいるのか?」
「俺? 妻ならいますよ」
「………………」
「あ。今信じられないって顔しましたね」
 信じられません。

「父が買い付けしてた先の人の娘でね、許婚だったんです。本人は聖女様の屋敷で掃除婦してました。
 去年結婚したんです。そろそろ子どもが産まれてますよ」
 なんてあっけらかんとした夫だろうか。
「俺は次男で、兄貴が後継ぎますから、家のことは心配しなくていいんです」

「留学の話が出たとき、細君は寂しがらなかったか?」
「あっけらかんとしてましたよ。
 あいつ、上に四人も姉がいるんです。子どもなんてゴロゴロしてて、出産も育児も男の出る幕なんてないくらい経験者が揃ってますから」
 なんて頼もしい妻とお姉さま方だろうか。

 北の国の女性は本当の意味で逞しいのかもしれない。



 イルスが真剣に結婚を考え出すと、屋敷は忙しくなった。執事は縁談を持ち込む相手を選別し、召し使いたちは対応に追われた。
 イルスは毎日のように知らない女性に会う。こんなに大変なことだとは思いもしなかった。
 こんなに大変な思いをしているというのに、適当な女性には巡り会えなかった。

「今までのツケってやつですね」
 スティードはのんきに言った。