広大な砂の大地を行くものがいる。
 赤く焼けた砂を盛り上げ、右に左にと大きく湾曲しながら進んでいく。
 その跡は、大地にできる巨大な蚯蚓腫れのよう。

 ぐいぐいと進む蚯蚓腫れ。
 一心に進むその歩みが、がし、と何かに阻まれる。
「…………?」

 蚯蚓腫れは頭をもたげる。
 強い射光を背に、自分の頭に足を置く者がいた。

「なんぞ、貴様は?」
 少女の声は低い。
「は……?」
「貴様は何者ぞと、訊いている」

 蚯蚓腫れから持ち上げられた頭は次第に人の顔を造る。
「わたしはこの砂漠の守り番を命じられたものだが。……君は?」
「誰に命じられた?」
「……。大魔導師様だ。他に誰がいる?」

 人の顔をした蚯蚓腫れは立ち上がり、その全身を現す。
 大きなつばの帽子には七色に光る鳥の羽根。肩のあたりが丸みを帯びた衣装。短いマントはキラキラと光り、細身のズボンは真っ白。
 踵の高い靴は砂の上を歩くには適していないが、まったく気にした様子がない。

「では守り番。貴様はなぜ砂の中を行く?」
「地上は暑すぎるからだ」
「それだけか?」
「それだけだ」
 そうか、と少女はうなずいた。

「君は誰だ? わたしを止めることができるのだから、それなりの術者なのだろう?」
「おれは術を用いない。
 ただ、このところ水が落ち着かないでいるので、始末しに来た」
「し、始末……?」
 あまりにあっさりと言われ、あとずさる

「おい、守り番。砂の中を進むのは良かろう。だがまずは筋を通せ」
「筋?」
「貴様らの長老には目通ったのか? まだなら今すぐに行け。でなければ始末する」
「なぜわたしが!?」
「水が怯える。ヘンなものがいると」
「へ、ヘン!?」
 少し傷ついた。

「貴様らの長老ならば、この地の守りを命じられたものをすべてに素早く知らせるだろう。
 それで水が怯えることもなくなる」

 少女は言い捨て、背を向けた。
「お待ちを!」
「……なんだ?」
「あなたは……誰です?」

 少女は振り返った。
「よいか、守り番。まず貴様らの長老に顔を出し、この地に足をつける許しを得よ。
 すべてはそれからだ」



 それは、遠い遠いお話。
 村の井戸水が枯れ果て、不作が続き、村の人々が餓死していきました。
 一人の少年が村を出て、水を捜し求めます。
 ほんの一瓶。ほんの一滴。
 少年は水を探し、永遠に広がるかと思える砂の大地を彷徨いました。
 行けども、進めども、水は見つかりません。
 疲れ果てた少年は倒れました。

 霞んだ視界に映った人影に、少年は問いかけます。
『水はありませんか? 水をください』
 人影は言いました。
『おまえの涙をわたしにくれるのなら、代わりに水をやろう。
 だが放浪者よ。おまえの故郷に水を乞う者はもういない』

 少年は言いました。
『それでも、明日、べつの村の誰かが水を欲しがるでしょう。
 今日は得られなくても、明日得られるというのなら、誰かが水を捜し求めるでしょう。
 水をください。ぼくの涙の代わりに水をくださるのなら。
 明日、水を乞う人々のために』

 少年は最後の涙を流して死にました。

 枯れた大地に落ちた涙は大きく広がり、湖となりました。
『おまえの涙はわたしが守ろう。
 明日、水を乞う者のために』

 それから、水を求めて砂漠を歩く者たちのなかに、運良く湖にたどり着いた者がいました。
 その彼らは、その湖は『涙の守り人』に守られ、永遠に涸れることがないのだと言いました。



 歩き去る少女の背は次第に小さくなり、消えていった。
「───……」
 その背に向かい、男はポツリと呟いた。
 それから今度は砂の上を歩き出した。
 まずは長老のもとへ行くために。