宰相補佐であるイルスの教育係とはいっても、生まれは市井の、氏もない老人である。

 なぜそんな人物を領主の息子の教育係にしたのか、イルスにもわからない。
 当初は老人を木の精霊だと勘違いして興奮していたし、それが勘違いだと知ったときにはもう懐いていた。
 寛容な領主であろうと少々冒険が過ぎる嫌いがあったと気づいたのは、宮廷に上がってしばらくだった。

 貴族子弟の教育係といえば、それなりに名の通った富豪の縁者か、下級貴族の学者肌の人間ばかり。
 自分の教育係がかなり変わった人物だと気づいたときにはもう遅い。イルスは若くして主の目にとまったばかりか、変わり者の称号をいただいた。

 ものすごいけれど変わった宰相補佐。
 それがイルスだった。



 そう思うと、レセリアナとスティードの、イルスの教育係への態度は柔らかいものだった。
「は?」
「ん?」
「何ですか?」
「いやだから、サース国では、貴族子弟の教育係はどんな人物が多い?」
 あぁ、とスティードは言った。

「そうですね。
 まず王族とそれに近い人は魔導士。
 ほかの貴族は学者とか、低位魔導士とか」
「ていい?」
「下っ端の魔導士です」

 北の国々にはまだ魔導士が多い。
 スティードは、イルスよりも魔導士に対する知識は多かった。

「半年を一期として、最低四期契約で雇うんですよ」
「……魔導士、を?」
「魔導士を、です」
「教育係として?」
「いろいろです。政治、商業、学問、教育……魔導士は知識人が揃ってますからね。
 特別理由がないかぎり、王位継承者は高位魔導士が教育係ですよ」

 つまりそれだけ魔導士がいるということだ。
「町ですれ違ったりするのか?」
「魔導士とですか? 低位ならたまに会いますよ。あと見習いとか」
「見習いとは、弟子のことか?」
「そうです。低位魔導士でもない、見習い魔法士です」

 また知らない単語が出てきた。



 レセリアナのための集まりだったはずが、いつのまにかイルスはスティードと話しこんでいた。

 なんと言っても、イルスの知る魔導士は、あの〈皇帝の影〉ハッサムのみ。
 貴重な魔導士がぞろぞろいるという状況が想像すらできないくらいなのだ。

 文化の違いとはすごいものだと、感心した。





 一時話していると、開けられた窓から涼しい風が吹き込んできた。
「良い風ですな。
 外でお茶をいただきましょうか」

 イルスの教育係である老人は、教育係らしく気遣いが細やかだ。自分の寝室がどれくらい薬の匂いにまみれているか知っている。
 通い慣れたイルスはよいが、初めて訪れた二人は少々呼吸が困るだろう。

 広い露台に用意された寝椅子に老人が横たわる。
 薄暗い部屋の中では気づかなかったが、顔のシワが深くなったような気がする。手は冷たく、小さかった。
 人は忘れず老化するのだと、イルスは気づいた。