主は呆然とするレセリアナの名を呼ぶ。
「……は、はい」
「おまえはこれまで、名付け親以外で魔導士に接したことはあるか? 聖女殿以外だ」
 長い熟考のあと、レセリアナは首を横に振った。
「いいえ、陛下。遠くから見かけることはあっても、直接関与したことはございません」

「では、聖女殿からいただいたものはあるか?」
「形見でしたら、剣をいただきました」
「宝石はついているか?」
「小粒の白い石がございます」
「今、手元にあるか?」
 主の要請に、レセリアナは自室から剣を運ぶよう、侍従に言付けた。
 運ばれた剣は、女性が持つに適当な細身だった。
 派手な装飾はない。全体的にのっぺりしたもので、実用的な重みがある。

 問題の白い石は、鍔飾りの部分にあった。
「月長石か」
 宝石類に疎いイルスでも知っている名前だ。

「イルス」
「はい」
「宰相に、午後の謁見を取り止めると伝えろ。それからレセリアナの護衛官を伴ない、神殿に来い」
「は……はい」
 呆然とするイルスを残し、混乱するレセリアナの腕を取って、主は部屋を後にした。



「なんか、イヤだ」
「なんかとは何だ、なんかとは」
 恐れ多くも主のお召しに、スティードは渋った。
「俺、権力者って苦手」
「騎士のくせに」
「まだ騎士じゃない」
 屁理屈者め。

 イヤだイヤだと駄々をこねる大柄な騎士見習いを引きずり廊下を歩く、美しい宰相補佐。
 その光景はあまりにも異様だった。
 毎回のことながら、本人たちは気づいていない。



 神殿は、宮廷の敷地内の端にある。しかしそこは敷地外とも言える。
 一般人の参拝も許されているため、神殿との間に壁が設けられているからだ。宮廷内と言えなくもなく、そうでないとも言い切れない微妙な位置。

 賑わう時期ではないが人の切れないはずの神殿は、今はしんとして静かだ。イルスたちが到着したときには、すでに人払いされたあとだった。
 門前には主の護衛が立ちふさがっていたが、イルスの顔を見ると二人だけを通した。イルスの近衛騎士はそのまま取り残される。

 祭司が一人、案内役を申し出た。
 名目上、イルスは神官長。彼らの態度は主上を迎えたかのように恭しい。



 案内される先は、イルスでも初めてはいるくらい奥だった。何度も角を曲がり、いくつもの階段を越え、いくつもの扉をくぐる。まるで迷路のようだ。
「迷宮ですか?」
「一応、神殿だ」
 イルスも自信がなくなった。
 たどり着いたとき、すでにどれくらい奥まで来たのかわからないくらいだった。

「聖剣の間でございます」
 案内役は腰を追ったまま去った。

 恐らく最上階に近い。
 縦に細長い窓がいくつも並んだ三方の壁。その窓と窓の間に飾られた絵姿のいくつかに、イルスは見覚えが合った。

 広くはない部屋の中央に椅子が一脚。……いや、椅子ではない。椅子のような台座だ。
 座っているのは、一振りの剣。