侍女に氷とレモン水を用意させ、彼女が寝台に就いてから部屋に入る。
「あなたってバカ真面目よね。従妹の着替えくらい、なんなのよ」
「人妻の着替えだ」
「いまさら」
 そう。いまさらだ。裸で水浴びした仲なのだ。
 けれどそれは過去のこと。幼い頃のこと。

「家には連絡しておくから、泊まっていけ」
「追い出したら噛み付いてあげるわ」
 彼女はいつでも彼女だ。
 しばらくすると、従妹は寝息を立てた。
 寝顔は幼い頃から変わらない。

 幼いイルスに蛙を投げつけた日も、迷子になって岩穴で雨を過ごした日も、兄に叱られて泣くイルスの隣で泣いた日も。
 木の妖精が教育係になったのだと勘違いした日も、教育係が人間だと知った日も。
 変態親父から逃げ切ったイルスを抱きしめた日も、従兄妹から許婚になった日も。
 従兄から突き落とされて海に落ちた日も、母の手料理なるものを食べた日も。
 父からとんでもない話を聞かされた日も、着いて行くと言い切った日も。

 彼女は同じ寝顔だった。



 小さく、彼女の名前を呟いてみる。

 少しだけ恥ずかしさがあった。
(なぜだろう……)
 イルスは一人、首をかしげた。





 その日は、薔薇を二輪でも飾りたい気分だった。
 それを押さえたのは、いつもと違うことなどをして宰相に気づかれてはならないからだ。ここはぐぐっと堪えて。

 それでも浮き足立った部下を見て、宰相は一言、
「レイレナ殿がおいでか?」
などと恐ろしいことを訊ねてきたので、丁重に否定した。
 母が来た日には地獄花でも飾りたくなるだろう。



 お茶の時間は急ぎの用件がないかぎりいつも同じ。場所はその日、主が決める。
 それを聞いてイルスは自らティーセットを運び、茶を淹れる。

 従妹の訓練の甲斐あって、イルスの腕前は素晴らしいものになっている。
 その過程では失敗すると鞭が飛んでくるという、剣の訓練並に激しいものだった。イルスは長らく、女性は鞭が好きだと勘違いしていた。



 茶葉を蒸らしていると、来客が告げられた。
 主がうなずくのを確認し、イルスは入室の許可を告げる。扉が開き、侍従がレセリアナの来訪を告げ、扉から一歩下がる。
 柔らかな衣擦れとともに彼女は現れた。
「……………………レセ……っ」
 言葉もないとはこのことか。

 黒に近い夜空色のドレープ。裾と袖口にちりばめられた小さな真珠。花びらのような襟元では、夜空の向こうから朝日が昇るように変色している。
 厳格な淑女のように徹底的に隠された肌の色。銀冠をいただいたかのような髪。
 瞳は晴天の青。

 躊躇いがちな歩み。流れるような礼法。
「本日はお招きに与り、光栄に存じます、南の皇帝陛下。レセリアナ・ロベッタにございます」
 完璧だ。
 彼女はまさに、王女だった。