話を持ち出すのなら、二人だけになるお茶の時間だとイルスは思った。宰相がいては、また止められかねない。
「陛下。お願いがございます」

 真剣な表情で話すイルスを、主は静かな眼差しで見ていた。
 底なしの井戸のような、果てしない夜空のような黒い瞳。
 見つめられると眩暈がする。

「……そうか」
 一言も口を挟まれることなく、イルスはすべて話し終える。
 しばらく沈黙があった。



 心地良い風に前髪が揺れる。暑さのあまり髪飾りまではずした主は、確かに前髪の分だけ若く見える。それでもイルスよりは年上に見える。
 実際には遥かに年上だが。

 それでもいつかイルスは、主より先に外見だけ老いるのだろう。
 そして死ぬだろう。
 主を残して。

 主はそれを、どれだけ繰り返してきたのだろう。
 人が生まれて育ち、老いて死ぬ時間を、ただゆっくりと呼吸をして。見知った顔が無くなり、新たな顔に慣れた頃、またその顔も無くなり。

 独り、何を思ったのだろう。



「銀の聖女か……」
「ご存知ですか?」
「多少はな」
 お知り合いならなお良いのに。

「イルス」
「はい」
「その、レセリアナという者に、一度会ってみたい」
 イルスは嬉しさのあまり叫ぶように返事をした。
 嬉しさのあまり、主の動揺に気づかなかった。



 レセリアナに事の次第を話すのは、もっとあとがいいと思った。
 とりあえず、主が他国の姫君に会いたがっているからと、次の日のお茶の時間に約束を取り付けた。
 躊躇いながらも彼女は承諾してくれた。





 久しぶりに自宅へ帰ると、従妹が“里帰り”していた。
「ご機嫌ね。お姫様の騎士役が気に入ったの?」
「彼女は自分の身一つ守れるだけの腕前を持っているよ」
「そうね。稽古のとき、かっこよかったわ。女にしておくのがもったいないくらい」
 レセリアナが女でよかったと、イルスは思った。



 いつものように従妹には何でも話す。
 彼女は聞き役としての才能がある。どんなことでも上手に聞き出してくれる。そして他言しない。
 理想の話し相手だ。

「ね。あなたも砂漠に行くの?」
「まさか。わたしはいつでも陛下の下にいる」
「……そうね」
「どうかしたのか?」
 珍しい彼女のため息。
「えぇ。二日酔いなの」
 イルスはすぐさま寝室に追い立てた。