寝台に横たわった体に毛布がかけられる。
 冷えないようにと肩まで上げられた毛布を掴み、オーウェンは顔を隠した。

 まだ顔が熱い。暖炉に首を突っ込んだように熱い。
 目のあたりがじわりと熱くなり、涙が湧き出すのがわかった。
 唇を噛んで堪える。男は簡単に泣くものではないと、小さい頃に父に教わったから。

 髪を撫でられる。
 母の手よりも大きな手だ。

「眠れるか?」
 はい、と答えようとしたが、声が震えそうで言えなかった。
 泣き声を聞かれたくない。泣いていると思われたくない。

 黙っていると、手はいつまでもオーウェンの髪を撫でつづけた。

「泣くときは、声をあげるものだろう?」
 どきん、と胸が跳ねた。
 急いで首を横に振る。
 泣いてなんかいないと言いたい。けれど声は震えるだろう。

「一度泣いてしまえば、あとは楽になる。がまんするほうが体に悪い。
 いつも泣けとは言わないが、一度は声を出してみるものだ。案外、すっきりする」

 オーウェンは毛布から、頭から目元までを出してみた。
 彼はオーウェンを見てはないなかった。枕もとに座って、窓の外を見ている。

「あなたも……」
 やはり声は掠れていて、震えた。
「泣いたことが、あるんですか?」
 あの瞳から涙が出たら何色になるのだろう、と思った。金色だろうか。

「子どもの頃は、毎日な」
「あなたは泣くとき、どんなふうに泣くんですか?」
「フツーに」
「声をあげて泣くんですか?」
「その時にもよる」

「でも……ぼく……」
 あごが痛くなるくらい歯を噛みしめたが、涙は溢れてこめかみを伝った。
 幸い、彼の視線は窓の外。

「ぼ、僕は、じゅ、従士なん、です。い、いいつも、泣いて、な、んて、いらられません」
 なるほど、と彼はうなずく。
「大人になっても泣くときはある。従士でも泣いていいだろう?」

「あ、……あなたも、泣いたんですか? お、大人に、なって?」
 一呼吸、間があった。
「そうだな」
「声をあげて?」
「あぁ」
 彼は苦笑した。
 そのときのことを思い出しているのか、視線は遠くを見つめて虚ろだった。

「泣き終わったら喉はカラカラで、頭はぐらぐらしてあごは痛いし、指一本動かすのも億劫で、眠くて……。
 でも、納得した。諦めがついた」

 オーウェンは滲んだ視界を戻そうと、手で涙を拭った。
 彼はまだ遠くを見ていたが、オーウェンの続きを即す視線に気づいたのか口を開いた。

「死んだんだ」

 重い口調ではなかった。
 むしろ壮快できっぱりとしたものだった。

「命は取り戻せるものではない」
 それは、オーウェンの胸に確かな重みを持って響いた。
 少年にとって、大切な人を奪った死はまだ理不尽なものでしかなく、青年のように割り切れるような心肝は持ち合わせていなかった。

 今目の前に、それを乗り越えた人がいる。

「生まれたからには、死ぬ性にある。

 それをいつか受け止めてやることが、あとに残された者のしてやれることだ。
 生まれ生き、この胸にその存在があり続けることを───……」

 だんだんと声が小さくなっていった。
 最後はオーウェンの耳には聞こえなかった。
 けれど、おそらくオーウェンはもう知っている。

 この胸の中にある大切なもの。

 オークの木の下で母のお気に入りのティーセットでお茶をしたことを。
 仕事に忙しい父の視線が向けられることを。
 父の膝の上に乗る弟の白い頬が興奮に赤くなることを。
 母の白い手が髪を撫でることを。

 大切な時間を家族とともに過ごしたことを。
 永遠にこの胸の中で家族が生き続けることを。


 涙を流した夜が明ければ、次に訪れる出会いのために胸が膨らむことを。



 幾度も、笑みとともに空へ向かって伝えることだろう。