けんいちろう様へ───





 ふと、書く手が止まった。
「どうしたの?」
 カオはぼんやりと宙を眺めている。

「どうして僕は、書くんだろう?」
「え?」
「書き続けて何になるんだろう?
 書き続けて何が起こるんだろう?
 書き続けて何が変わるんだろう?

 ミオ以外の誰かが読むわけでもないのに」



「いいんじゃない? それでも。
 読むのがわたしだけでも。

 やめてしまうなら始めなければいい。
 やめてしまうよりも続けたほうがいい。

 誰かが読むからとか、何かのためにとかじゃなくて、カオが書くことにしたのなら、ずっと書きつづければいい。
 何かが起こるとか、何かが変わるのかとかじゃなくて、カオが書きたいと思った最初の気持ちを忘れなければ、それが一番大切な意味じゃない?」

「最初の、気持ち?」
「そう。一番初めの気持ち」

「……ミオには書けないから」
「うん」

「同じことを話したいから」
「うん」

「僕の手の中でたくさんのことが始まって終わるだけじゃ、悲しいと思ったから」
「うん。じゃぁカオは、ずっと書き続ければいい。誰も読まなくってもわたしが読むから。
 それからいっしょに話をしよう」

「ミオは、それでいいの?」
「いいよ。
 知らないよりも知っていたい。
 忘れてしまうよりも覚えていたほうがいい。
 嫌なこともいいことも、亡くしてしまうほうが悲しいから」



 カオが未来を書いて、ミオが読んで現在となる。
 二人の記憶には未来であり現在であった過去が積もっていく。

 他の誰でもないカオが書いたものを、ミオだけが読む。



「それも、いいかな……」
 ぽつりとカオは呟いた。

 カリ、カリカリと音を立てて未来が書き綴られる。
 サラ、サラリと紙がめくられ現実が紡がれる。

 カリ、カリカリ

 サラ、サラリ

 カリカリ、カリ

 サラリ、サラ

 カリ、カリカリ

 サラ、サラリ

 カリ……

 ふと、書く手が止まった。
「どうしたの?」
 カオはぼんやりと宙を眺めている。

「どうして僕は、書くんだろう?」



 ミオは微笑んで、色褪せない答えを用意した。