「よく考えい、若造め」
 宰相のいう「若造」は、イルスを息子のように思っての言葉だ。イルスは傷つかない。だが同時に、長期戦になることを覚悟した。
「よく考えてのことです、宰相様。
 他国のことに干渉するのは良いことではなりません。しかし、王道を外れたものを見透かしては、陛下の『聖皇帝』の名が泣きます」
「きさまは陛下の御名を案じる立場かこの半人前!」
「そうです。これは半人前がしたことです。
 宰相様はただ、留学生の一人が重い病にかかり、養生が必要になったという報告を受けたと、おっしゃってくださればよいのです」

「むぅ……。きさま若造、宰相補佐の座を危うくする気か!」
「陛下にいただいたものです。陛下の御名を汚さぬために成したことの代償なら、今すぐにでもお返しいたします」
「ならん!」
「誓約は今すぐに必要なことではありません」
「ある!」

「…………………………あるんですか?」
 初耳だった。
 イルスが誓約者になって二年。何の動きもなかったから、ただの飾りかと思っていた。

「よく聞け若造。
 初代ダーナ様は公爵位をいただき、その後皇夫となり神官となり、国宝を管理してきた。その最後の神官長が亡くなった百数年前から今まで、陛下は神官長の代理まで成されているのだ!
 わかるか! なぜおまえのような若造に公爵位を与えたのか!」
「陛下は……」

「そうだ!
 譲位をお考えなのだ!」

 誉れ高き主。
 至高の聖皇帝。

 百余年の在位中で彼の成したことは大きい。革命ともいえるほど国は変貌した。
 その治世者が。
 退位!?

「ウソ!」
 思わず上司に向かってため口を利いてしまうほどイルスは衝撃を受けた。
「ウソなものか!
 あぁ陛下。われらが尊き賢君。なぜこのような頭のぬるい若造に……!!」
 頭のぬるい若造呼ばわりされたイルスは呆然としていた。
 宰相の言葉が理解できない。いや意味はわかる。納得できない。
 頭脳みそが受け取り拒否していた。

「理由は?」
 一人冷静なスティードが問う。
 すっかり彼の存在を忘れていた宰相は、国の重要機密事項をもらしたことに気づいて顔を真っ青にした。
「若造若造って言うくらいの人に譲位しようとなされる理由はなんですか?」
「…………」
「俺は今現在、特別留学生レセリアナのただの護衛です」
 宰相は深い深いため息をついた。つま先に落ちたら確実に泣きをみるくらい重いため息だ。