「いくらなんでも、実力行使はしてこないだろう。人を送り込んで調査に乗り出しても、こちらは痛くも痒くもない」
「なぜ? 後宮はともかく、かなり嫌味なところまで調べますよ」
「皇都ではない。───砂漠だ」
「……は?」
「砂漠の民に〈水守〉と呼ばれる部族がいる。彼らに一時的に預かってもらう」
「保障は?」
「充分ある。なんと言っても、わたしは『ダーナ』だ」
「?」
 スティードは首をかしげた。
 他国人は知らないだろう。国内の人間でも知らないものが多い。

「〈水守〉とダーナ家の間では誓約があるんだ。双方の頼みを快く引き受け、互いの主張を尊重する、と」
「で、も……砂漠だろ?」
「わたしもダーナ家にはいるとき、半年ほど彼らと暮らしたんだ。快適とはいかなくても、楽しかったよ」
「はいる? 閣下は、もとから公爵家の人じゃないんですか?」
「ダーナ家はずいぶんまえに断絶しているよ。諸事情で、二年前にわたしがいただいて復活した」
「あぁ、それで、実家に帰るって、ずいぶん遠くに行かれたんですね」
 そう、とイルスは頷いた。イルスの血縁上の実家は皇都から少々離れているが、ダーナ家領地は皇都から二日の距離にある。急げば一日でついてしまうほどご近所さんだ。

「それで、もしよければおまえにも一緒に行ってもらいたい」
「それはもちろん。問題が起こらないなら、そうさせてもらいます」
「騎士の道が遠のかないか?」
 スティードは肩をすくめた。
「レセがいないなら、城に行く必要もありません」
 彼は騎士の道をあっさりと遠ざけた。



 恐ろしいのは上司だった。
「何ということを!」
 イルスとスティードは同時に肩を縮めた。
「イルス補佐! おまえは……! い、いただいた公爵家の権限を、あ、あああろうことか! さっ、最初の施行をた、他国人に……!」
 宰相の言うことはもっともだ。
 イルスは生まれながらダーナ公爵家の恩恵をいただいていたわけではない。主の意向により指名され、誓約とともに爵位をいただいた。

 この誓約は、遊牧民族と一都民が初めて手を結んだ証しだ。主でさえ、この誓約を持っていない。
 イルスが若いながらもその地位をいただいたことを疎んじられ、恐れられるのは、ただそれが主の指名であるというばかりでなく、すでに成されてしまった誓約があるからだ。
 国土の三分の一を占める砂漠民の筆頭となる〈水守〉。彼らとのつながりは、ただの都民であった当時のダーナ家を第二の皇族としてしまうほど重要だった。

 それほど〈水守〉は恐れられている。